考えてみれば、これまで私が演じてきた役は、刑事、弁護士、検事に女医、そして管理職など、オフィスや会議室、病院などの硬くどっしりと存在する冷たい床や石の階段のある場所が舞台だった。擬音なら、“カツカツ”“ビシビシ”と言ったところだろうか。家での生活が描かれることはなかなか無かった。
いつもタイトスカートのスーツにハイヒールで、会議室や、病室、ホテルなどを忙しく駆け回るシーンが多い。従ってビルのロケが多かった。その建物内で階段を駆け下りたり登ったり、階段途中で話しかけられたり、兎に角、私がいただくシーンは階段がでてくることが多い!
こんなに日常で階段で話し込んだっけ? …まるでジュリアス・シーザーとブルータスの名シーンみたいに、階段上で上司や部下と言い合いをし、去っていくのだ。そしてある時、私はふと思った。つまりそれは、宝塚の男役のイメージなのだ。大階段での15キロもある大きな羽根を背負ってのフィナーレの印象ではないのだろうか?
今、古本屋のさくら役で、私はひたすら台所で卵を溶き親子丼を作っている。カチャカチャシャシャシャシャ…カツカツ鳴らしていたハイヒールの音は、いつの間にかコンコンコンとまな板と包丁のぶつかる音に変わり、舞台は家の中…。人が導いて出来た私のイメージは、今ようやく一つ終わったのかもしれない。勿論、今までの役柄には、とても感謝している。
さぁ、ここから、私の役者人生はどんな音を奏でるのだろう? 半世紀生きてきての新しい一歩は、若い頃よりこわい気もするが。…何故か、楽しみでならない私が、今、しっかり此処にいる。
■撮影/渡辺達生
※女性セブン2017年12月14日号