養老:そうした話は、戦場でも、しょっちゅう起こります。今の時代、あまりに平和なので、日本人が想像できないだけです。
宮下:その京北町では、日本人の共同体意識を感じました。20年前の事件なのに、地域の住民に当時の話を聞くと、先生を擁護するんです。先生の処置は悪くない、と。あの人たちの中にルールがあって、私みたいなよそ者がとやかく言うなという空気がありました。
養老:それをね、丁寧に小説で書いたのは深沢七郎の『楢山節考』(*2)ですね。冬場の山のなかに、おりん婆さんを置いてきちゃうのも、ローカルルールとして成り立っていた。あれは倫理問題を超えていると、僕は思っています。
【*2 1956年発表の深沢七郎の処女作。集落の因習に従い、年老いた母を背中に乗せ、寒山に捨てにいく物語】
宮下:私が日本で取材した安楽死のケースでは、遺族が医師の対応に、事後、文句を言うことは確認できませんでした。むしろ、家族は、ベッド上で苦しむ患者の死を要請している側です。
事件化するのは、決まって看護師などが内部告発するケースです。それがなかったら、発覚さえしていなかった。想像でしかありませんが、過去、日本では秘密裡に、安楽死させているケースが他にあったのではないか、と思います。