まず一章「神域へ」では、「藤井について語る時に羽生の語ること」や本人との一問一答など、先日新六段となった藤井の凄さを多角的に取材。例えば詰将棋同様、実戦でも美を追求するかと問われ、〈派手な手と『地味だけど最善手』という兼ね合いはとても難しいと思います〉と答えた藤井は、〈局面評価は究極的には1か0かマイナス1の三つしかないので、いくら形勢が縮まったように見えても、ずっと1(の局面)を保っていれば問題ない〉と冷静に言ってのけた。
また史上5人目の中学生棋士は50mを6秒台で走り、小4で『竜馬がゆく』を読破した文武両道の人でもあり、〈見えない景色を見る位置まで行けるよう頑張らないと〉と抱負を語るのだ。
「正直、彼の凄さは未知数としか言いようがなく、渡辺棋王は、〈戦術に型のようなものがなく、言わば何でもあり〉の彼の将棋は時代を象徴していると語る。一方羽生先生もどんな局面にも感覚で対応できる安定感を絶賛し、今は知識や経験だけでは勝てない時代だと、時代を強調されていたのが印象的でした」
その羽生自身、かつては〈ジャスト・ア・ゲーム〉、つまり将棋は盤上の優劣を競う以外の何物でもないと体現してみせた、いわゆる羽生世代の象徴だった。
「将棋=人生的な価値観を否定した羽生先生が、今では47歳のリアルな生き様や、〈運命は勇者に微笑む〉とでもいうようなギラギラした闘志を体現しているのも面白い。僕はそうした彼の変容にこそ頂点であり続ける秘密はあると思っていて、実は最も変容し続けているのが、羽生先生なんです」
◆一見冷たい盤面に交錯する熱い一瞬
さらに2017年5月、電王戦で最強ソフト「ponanza」に敗れた佐藤天彦や、〈将棋に美しさを感じていない人は将棋には勝てない〉と言い切る行方尚史。二度の奨励会退会を経て四段に昇格した44歳の元介護士・今泉健司など、ただ〈己の昨日を肯定するために〉闘う彼らを評して氏は書く。〈将棋は強いる。棋士は強いられる。勝つことを〉〈切ないくらいに、逃げ場も与えずに〉と。