だが、権太楼の『鰍沢』は落語初体験の観客をも引き込むパワーがある、と僕は思う。旅人、女、亭主の3人の登場人物を生き生きと描く権太楼のダイナミックな『鰍沢』は、まるで一編のサスペンス映画を観ているようだ。地の語りの説得力といい仕草による視覚的効果といい文句なし。今年に入って他の演者でも何度か聴いたが、有無を言わせず物語の世界に観客を没入させるという点で権太楼の『鰍沢』は圧倒的に優れている。「この演者だからこそ」という迫真の『鰍沢』だ。
ちなみにこの日、2席目に演じたのは『くしゃみ講釈』。東京で『くしゃみ講釈』とくれば権太楼、こういうバカバカしい噺はここまで賑やかにやってこそ。爆笑王の真骨頂を示す一席でお開きとなった。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2018年4月6日号