国内

認知症の母、老舗旅館の部屋内にトイレがなく深夜に大苦労

認知症母が深夜のトイレ前で絶妙な言い訳(写真/アフロ)

 このGW、認知症の母(83才)と旅行に出たというN記者(54才)。行き先は、母が戦時中、疎開先としていた群馬の温泉だ。車窓の風景に記憶がよみがえったのか、70年以上の昔を雄弁に語り、認知症を忘れさせた。ところが宿泊先の老舗宿の部屋にはトイレがなく、大変なことに…。

 * * *
 私が意識して担っているのは、母の外出につきあうこと。まだまだ自分の足で歩けて外出好きの母には、近所の病院や美容院を行き来するだけでもいいリハビリになるが、今年のゴールデンウイークには、家族で群馬の温泉に出かけた。

 東京から車で2~3時間の手頃な旅先だが、10才だった母が学童疎開した地でもある。母は目を輝かせて喜んだ。単調な高速道路も母には刺激的だ。関越自動車道では、

「寄居PA(埼玉県)ね! 昔、お母さん(母の実母)と、寄居の農家に野菜を分けてもらいに来たのよ。家族が大勢だから歩ける子が手伝ったの」

 母は9人きょうだいの4番目だ。「いもが多かったわね。だから今もいもは嫌いよ」。高速を降りて山間に入ると、母は口数が少なくなった。すがすがしい自然の景観を楽しんでいると、鯉のぼりが盛大にたなびく湖が見えてきた。

「赤谷湖ね」と、母。車のナビを見るとその通りだ。

「この辺りに疎開していたから、見覚えがあるわ。近所の小学生が集められて、学校の先生が引率して来たの」

 地元の人が食べ物を分けてくれたこと、寒くて温泉に入れられてばかりいたことなどを詳細に描写する母。平成生まれの孫が聞いた。

「おばあちゃん、家族と離れて寂しかったでしょ?」

「そうね。歩いて東京まで帰っちゃった男の子もいたよ」

 と、淡々と語り続けた。同じ話ばかり繰り返す普段の母とは、明らかに違っていた。

 秘湯・法師温泉に宿を取った。昔、高峰三枝子と上原謙が温泉を楽しむJRのCMの舞台になった宿。しかも与謝野晶子・鉄幹夫妻が逗留した部屋に通され、座敷でお茶をすする。戦前の昭和にタイムスリップしたかのようだ。

「与謝野晶子はエネルギッシュなオンナだったのよね」と、文学好きの母も興奮気味。

 ただ、部屋にトイレがない。古い宿なのでこれも風情なのだが、母はまだ尿パッドもおむつも使っていないので、トイレの場所は重要なのだ。

 少々風情を欠くが、部屋の出入り口前に母と2人で布団を並べた。与謝野晶子もこの天井を仰いだのかと思いつつ眠りに落ちそうになると、母がむっくり起き上がり出て行く。慌てて追いかけて長い廊下を並んで歩き、トイレで待ってまた帰る。

 同じことを3回も繰り返し、最後は私の方が意識朦朧。4回目に母が起き上がったときにはつい背中を向けてしまったが、廊下で転ばないか、よその部屋に入って騒ぎにならないかと、逆に耳が冴えた。

 どれくらい時間が過ぎたのだろう。騒ぎは起こらないが母は帰って来ない。さすがに心配になり、小走りにトイレに向かった。すると、薄明かりの向こうに小太りの老婆がぼんやり立つ姿…。

「ママ、何やってるの?」
「うん、いい風景だから見とれてたのよ」

 窓の外は漆黒の闇だった。夜中のトイレ通いは、本人は慣れているようで、翌日は何事もなかったように元気いっぱい。帰路に寄った伊香保温泉街では、名物の365段階段を上り切り、頂上の伊香保神社で柏手を打った。

※女性セブン2018年6月7日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

「第65回海外日系人大会」に出席された秋篠宮ご夫妻(2025年9月17日、撮影/小倉雄一郎)
《パールで華やかさも》紀子さま、色とデザインで秋を“演出”するワンピースをお召しに 日系人らとご交流
NEWSポストセブン
立場を利用し犯行を行なっていた(本人Xより)
【未成年アイドルにわいせつ行為】〈メンバーがみんなから愛されてて嬉しい〉芸能プロデューサー・鳥丸寛士容疑者の蛮行「“写真撮影”と偽ってホテルに呼び出し」
NEWSポストセブン
2024年末、福岡県北九州市のファストフード店で中学生2人を殺傷したとして平原政徳容疑者が逮捕された(容疑者の高校時代の卒業アルバム/容疑者の自宅)
「軍歌や歌謡曲を大声で歌っていた…」平原政徳容疑者、鑑定留置の結果は“心神耗弱”状態 近隣住民が見ていた素行「スピーカーを通して叫ぶ」【九州・女子中学生刺殺】
NEWSポストセブン
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《佳子さまどアップ動画が話題》「『まぶしい』とか『神々しい』という印象」撮影者が振り返る “お声がけの衝撃”「手を伸ばせば届く距離」
NEWSポストセブン
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(左/共同通信、右/公式サイトより※現在は削除済み)
《“やる気スイッチ”塾でわいせつ行為》「バカ息子です」母親が明かした、3浪、大学中退、27歳で婚約破棄…わいせつ塾講師(45)が味わった“大きな挫折
NEWSポストセブン
池田被告と事故現場
《飲酒運転で19歳の女性受験生が死亡》懲役12年に遺族は「短すぎる…」容疑者男性(35)は「学校で目立つ存在」「BARでマジック披露」父親が語っていた“息子の素顔”
NEWSポストセブン
個別指導塾「スクールIE」の元教室長・石田親一容疑者(公式サイトより※現在は削除済み)
《15歳女子生徒にわいせつ》「普段から仲いいからやっちゃった」「エスカレートした」“やる気スイッチ”塾講師・石田親一容疑者が母親にしていた“トンデモ言い訳”
NEWSポストセブン
9月6日に悠仁さまの「成年式」が執り行われた(時事通信フォト)
【なぜこの写真が…!?】悠仁さま「成年式」めぐりフジテレビの解禁前写真“フライング放送”事件 スタッフの伝達ミスか 宮内庁とフジは「回答は控える」とコメント
週刊ポスト
交際が報じられた赤西仁と広瀬アリス
《赤西仁と広瀬アリスの海外デートを目撃》黒木メイサと5年間暮らした「ハワイ」で過ごす2人の“本気度”
NEWSポストセブン
世界選手権東京大会を観戦される佳子さまと悠仁さま(2025年9月16日、写真/時事通信フォト)
《世界陸上観戦でもご着用》佳子さま、お気に入りの水玉ワンピースの着回し術 青ジャケットとの合わせも定番
NEWSポストセブン
秋場所
「こんなことは初めてです…」秋場所の西花道に「溜席の着物美人」が登場! 薄手の着物になった理由は厳しい暑さと本人が明かす「汗が止まりませんでした」
NEWSポストセブン
和紙で作られたイヤリングをお召しに(2025年9月14日、撮影/JMPA)
《スカートは9万9000円》佳子さま、セットアップをバラした見事な“着回しコーデ” 2日連続で2000円台の地元産イヤリングもお召しに 
NEWSポストセブン