ライフ

【著者に訊け】穂村弘、過去と現在をつなぐ17年ぶりの歌集

17年ぶりの歌集を上梓した穂村弘さん

【著者に訊け】穂村弘さん/『水中翼船炎上中』/講談社/2484円

【本の内容】
 発売即重版が決まった、穂村さん4冊目となる個人歌集。「出発」から「水中翼船炎上中」まで全11章、328首が収録されている。書籍に挟まれたメモには、〈各章の背景というか簡単な見取り図〉が記されている。現在について詠んだ「出発」から始まり、子供時代の「楽しい一日」「にっぽんのクリスマス」(冬)、「水道水」(夏)、思春期へのカウントダウンの「チャイムが違うような気がして」などを経て、現在の「水中翼船炎上中」まで。

 17年ぶりの歌集である。

「歌集をつくるのって、エッセイと比べて、心理的にも物理的にもすごくハードルが高いんです。いろいろなところにバラバラに発表した短歌の中から何を選んで何を落としてどういう順番にするか。なかなか強いモチーフが見つけられず、これだけ時間がかかりました」

「時間」が歌集のモチーフとなった。現在から子供時代、思春期やパラサイトシングルだった頃の歌になり、再び現在に戻る。

 子供の頃をうたった歌は、炬燵や味の素、時にはBCG予防接種といった言葉も使いながら、昭和の記憶を強烈に呼びおこす。

〈それぞれの夜の終わりにセロファンを肛門に貼る少年少女〉
〈プチトマトを見たことのない僕たちの合唱祭の「翼をください」〉

「〈オール5の転校生がやってきて弁当がサンドイッチって噂〉みたいなのはある程度、同時代性がないとわからないかもしれない」

 歌には、両親の老いや母の死もあらわれる。

〈今日からは上げっぱなしでかまわない便座が降りている夜のなか〉
〈ゆめのなかの母は若くてわたくしは炬燵のなかの火星探検〉

 くっきりと時間を刻みながら、ときに流れがねじれるのも面白い。

〈世界一高いタワーのトイレから僕らの町に蟻を投下せよ〉という子供時代の歌の後で、数十年先の現在の歌として〈真っ青な空のひかりのどこからか僕のあたまに降ってくる蟻〉〈東京タワーの展望台で笑ってる子供の僕の蝋人形よ〉が置かれる。流れていた時間が逆流するようである。

「現実にはありえないことでも心理的な表現としてはありえる。短歌に『伏線の回収』という概念はないけど、この歌集は小説的な構成でかなりつくりこんでいます」

 へんな言葉やへんなものごとにぶつかると必ずメモをとるそうだ。

「電車の中で誰かがへんなことを言うと、『あなたのおかげで短歌が一首できます』って五百円玉をあげたくなる。自分の想像を超えた文字列に出会うと興奮するのは、たぶん別世界へ行きたい願望なんだと思う。扉の奥に、いま自分がいる世界と全然違う世界を妄想してイメージが広がります」

■撮影/五十嵐美弥、取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2018年7月5日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

〈# まったく甘味のない10年〉〈# 送迎BBA〉加藤ローサの“ワンオペ育児”中もアップされ続けた元夫・松井大輔の“イケイケインスタ”
〈# まったく甘味のない10年〉〈# 送迎BBA〉加藤ローサの“ワンオペ育児”中もアップされ続けた元夫・松井大輔の“イケイケインスタ”
NEWSポストセブン
Benjamin パクチー(Xより)
「鎌倉でぷりぷりたんす」観光名所で胸部を露出するアイドルのSNSが物議…運営は「ファッションの認識」と説明、鎌倉市は「周囲へのご配慮をお願いいたします」
NEWSポストセブン
逮捕された谷本容疑者と、事件直前の無断欠勤の証拠メッセージ(左・共同通信)
「(首絞め前科の)言いワケも『そんなことしてない』って…」“神戸市つきまとい刺殺”谷本将志容疑者の“ナゾの虚言グセ”《11年間勤めた会社の社長が証言》
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“タダで行為できます”の海外インフルエンサー女性(26)が男性と「複数で絡み合って」…テレビ番組で過激シーン放送で物議《英・公共放送が制作》
NEWSポストセブン
ロス近郊アルカディアの豪
【FBIも捜査】乳幼児10人以上がみんな丸刈りにされ、スクワットを強制…子供22人が発見された「ロサンゼルスの豪邸」の“異様な実態”、代理出産利用し人身売買の疑いも
NEWSポストセブン
谷本容疑者の勤務先の社長(右・共同通信)
「面接で『(前科は)ありません』と……」「“虚偽の履歴書”だった」谷本将志容疑者の勤務先社長の怒り「夏季休暇後に連絡が取れなくなっていた」【神戸・24歳女性刺殺事件】
NEWSポストセブン
アメリカの女子プロテニス、サーシャ・ヴィッカリー選手(時事通信フォト)
《大坂なおみとも対戦》米・現役女子プロテニス選手、成人向けSNSで過激コンテンツを販売して海外メディアが騒然…「今まで稼いだ中で一番楽に稼げるお金」
NEWSポストセブン
(写真/共同通信)
《神戸マンション刺殺》逮捕の“金髪メッシュ男”の危なすぎる正体、大手損害保険会社員・片山恵さん(24)の親族は「見当がまったくつかない」
NEWSポストセブン
ジャスティン・ビーバーの“なりすまし”が高級クラブでジャックし出禁となった(X/Instagramより)
《あまりのそっくりぶりに永久出禁》ジャスティン・ビーバー(31)の“なりすまし”が高級クラブを4分27秒ジャックの顛末
NEWSポストセブン
愛用するサメリュック
《『ドッキリGP』で7か国語を披露》“ピュアすぎる”と話題の元フィギュア日本代表・高橋成美の過酷すぎる育成時代「ハードな筋トレで身長は低いまま、生理も26歳までこず」
NEWSポストセブン
野生のヒグマの恐怖を対峙したハンターが語った(左の写真はサンプルです)
「奴らは6発撃っても死なない」「猟犬もビクビクと震え上がった」クレームを入れる人が知らない“北海道のヒグマの恐ろしさ”《対峙したハンターが語る熊恐怖体験》
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘に関する訴訟があった(共同通信)
「オオタニは代理人を盾に…」黒塗りの訴状に記された“大谷翔平ビジネスのリアル”…ハワイ25億円別荘の訴訟騒動、前々からあった“不吉な予兆”
NEWSポストセブン