しかし筆者のそんな考え方は、ちょうど一年前の福岡・朝倉地区を中心とした九州北部豪雨以来、一変していた。実際に現地に赴く機会こそなかったが、被害者らへの電話取材などを通じての、決して十分ではないかもしれないが、それでも豪雨と、その後に発生した土石流の恐ろしさを思い知らされたのだ。その豪雨で40名、いまだ行方不明者が2名いる。死者の半数以上は土石流によるもので、洪水による犠牲者も屋内で亡くなっていた。適切な避難が出来なかった結果による大きな被害だったのは、明らかだ。
あの災害で、少なくとも北部九州の人々は、雨に対する認識が変わっているのではないかと想像していた。だが、福岡の朝倉エリアという、極めて限定的で、山間部と川が入り混じった特徴的な立地を中心にして起きた「特異災害」と見做されていたようだ。
「あんな田舎じゃないし、治水もしっかりしとる。逃げんでも大丈夫」
筆者にこう告げたのは、のちに緊急の避難指示が出された福岡市南区の柏原地区に住む知人だ。電話のあと、避難指示が出されてからも結局、避難しなかった。近隣住人数名が避難した公民館は、約60名でいっぱいになるほどのキャパシティだったという。そんな狭いところへ行っても不便なだけだと自宅を出なかったらしい。
そこは急な斜面が続く古い住宅街で、過去には土砂崩れが起きたこともある。危険を察知しても良さそうなものだが、そんな場所で生まれ育った知人でさえ「朝倉とは違う」と判断した。結果的には近くで小規模な冠水が起きたのみで、人的被害はゼロだった。その夜、知人は筆者に電話をかけてきて「お前はマスコミにおるからかオーバーすぎるな」と笑ったが、翌日、中国・四国地方に降り注いだ雨と、その後の災害を報道で目の当たりにし、震えたという。
「”さっきまでは生きていた”という人々が亡くなった。確かに笑われても、オーバーと言われてもいいから、逃げるべきだし、逃げろと言い続けるべきだった。この数年、水害や地震など含めて、自然災害が多い気がしていたが、自分のところだけは大丈夫だと思い込んでいた。地震だって、福岡では起きないといわれていたのが起きたことを忘れていた」
佐賀県在住で、今回の豪雨被害を受けて消防団員として出動した知人は「笑われてもまずは逃げることが大事。命を落としてしまえば何も残らない。俺たちは災害を知っていると侮ってはいけない。強い雨だな、と思った直後には家の周りが冠水し、身動きが取れなくなっていた。こんな経験は初めて。自然災害への考え方を改めたい」と話す。
最近の天気はおかしい、そう感じている人も多いだろう。その経験を糧に、命を守るために準備をしたり、早期避難をする人々がいる。彼らは臆病者でも、心配性の人々ではない。亡くなった二百余名の尊い命と引き換えに、我々が学ぶべき教訓を示してくれているに他ならないのだ。