「私は90年代に漫画原作の仕事をしたことがあり、相撲ミステリのネタ出しを頼まれたんです。結局その企画は流れましたが、小説で復活させたというか。
例えば前作の『女人禁制の密室』では相撲界特有の約束事がトリックを生み、力士=巨体といった属性も、私にはネタの宝庫に思えた。奥泉光さんが文庫解説で〈「本格」ミステリが根本に持つ、ナンセンスと紙一重の馬鹿馬鹿しさ〉と評価して下さったギャグの類も従来の私の作風にはないものですが、やるからには命がけで笑いを取りに行くのが、我々大阪人なので(笑い)」
本書でも「金色のなめくじ」「美食対決、ちゃんこの奥義」等々、何が何やら。事件の規模こそ中程度だが、その殺し方や謎の潜ませ方、そして3人の個性あふれる迷推理が、最大の読み処だ。
例えば1話「雷電の相撲」では、万年幕下に甘んじる御前山が、〈霊能力相談所〉なる施設の怪しげなチラシをもらったことが騒動の発端だった。そこではビデオ等を使ったイメトレや降霊術が売りらしく、いかにも胡散臭い。だが江戸の怪物・雷電為右衛門をおろしてほしい御前山は入所を決め、以来破竹の6連勝。ついに幕下優勝を目前にするが、取組で〈ギュイーン〉と奇声を発し、両手を広げて体当たりするなど、どうも様子がおかしい……。
「この話は彼が何に取り憑かれたかという謎が二転三転するのがミソ。今回は『四十八手見立て殺人』のように、日本語がカタコトのマークでは解かせづらい事件も多く、その分、相撲通でオタク気質な御前山に活躍してもらいました」
〈ブラームスは、交響曲の楽想を得たとき、まるで身近にベートーヴェンがいたかのようだと語ったといわれています〉云々とイメトレの効用について力説する御前山に対し、物証を重んじ、〈ヒトツ、タシカメタイコトガアリマス〉が口癖のマーク。勝気で早合点な聡子など、各キャラクターも順調に育ちつつある。