『お別れホスピタル』のひとコマ
──とくに気に入ってるエピソードはありますか。
沖田:第6話になりますが、スキルス性胃がんと診断されて延命すれば1年は生きられるという患者さんが、自死を選んでしまったというエピソードを描きました。これは連載開始当初から描きたかったエピソードで、大変興味深いけど、現実に起こりうる話です。ほんとに自殺決める人は「死にたい」なんて言わずに死んでしまうんですよ。
でも、その患者さんはどうして死んでしまったんだろう…自分が見回りしていれれば死なずに済んだのでは…と担当看護師は悩みます。そういうことを描くことで、「人の死ってなんだろう」ということを私なりに考えて、読者にも提示したかったんです。
──沖田さんは、元看護師で産婦人科でも働いた経験があるわけですが、ターミナルケアの経験はないのかと思います。それでも、看護師時代の経験が作品に生きているなと思う部分はどんなところでしょうか。
沖田:講演でご一緒したことがある医師の方からは「描写がリアルだ」と言われたのですが、やはり自分自身の看護師経験は作品にとって大きいです。そのベースがあるので、院内でこういうことがあるだろう、こんなことは起きないだろう、といったエピソードやディテールに対する価値判断ができるのかなと思います。
また、先輩ナースには借金があって、いろんなバイトを掛け持ちしたりしているという裏設定があるのですが、元看護師の私だから、いま副業をしているナースが多いというような現実のディテールを拾えるのかなと思ったりします。
──『透明なゆりかご』の主人公は、ご自身の体験を元にした見習い看護師という新人の設定ですが、『お別れホスピタル』の主人公・辺見さんは「32歳、彼氏ナシ、親友ナシ」というある程度キャリアのある設定です。今回こういう主人公の設定にしたのはなぜですか。
沖田:年齢をあげて中堅看護師にしたのは、それなりのスキルや経験を持った看護師ならではの悩みや葛藤、人間関係を描きたかったからです。そうしたことで「結婚をどうするか、人生をどうするか、家族との関係をどうするか」といった、これぐらいの年頃の女性が持つ、漠然とした将来の不安なども今後、取り扱うことができるのではないかと思います。
また、辺見さんは「自立したナース」という設定なので、そういう働く女性としてのあり方みたいなものも、作中で見せていければと考えています。
──これからの作品の構想を聞かせてください。
沖田:いろんな患者さんを出していきたいですね。第5話で「死んだ母親がお迎えに来る」というエピソードは描いたのですが、そういう形ではない、幸せな死に方を迎える人も描きたいと考えています。認知症になって自分のこともわからなくなって、という患者さんの「幸せってなんだろう?」を考えたいというか……。
一方で現実問題として、医療技術はどんどん発達して、長生きすることが当たり前にできてしまう。だから、親の年金が欲しいから胃ろうなどの延命治療をして、ともかく生かしてほしいということが起きてるわけですよね。でも、それって、本人はまったく幸せじゃない。では、どうしたらいいんだろう……ということも描きたいテーマですね。