「既に買ってしまったチケットがムダになるのは、もったいない。試合観戦を楽しんで、チケットの費用を少しでも取り返さなくては……」と、そんな風に考えて、どしゃぶりの雨の中で試合を観戦する人がいるかもしれない。
「もったいない」という意識は、物を大切にしようという意味では、すばらしい考え方であろう。そのままでは廃棄してしまう資源を、上手に再利用して、社会や生活を豊かにする。そうした意識は、日本発で世界中に広めていくべき美徳であろう。この考え方は、資源の廃棄と再利用が、どちらも現在や将来の同じ時制になっていることがポイントといえる。
しかし、「過去にかけた費用が取り返せないので、もったいない」というときの、「もったいない」は、これとはニュアンスが異なる。サンクコストの時制は、あくまで過去である。正確にいえば、「もったいない」のではない。「もったいないことになってしまった」のである。
サンクコストを「もったいない」と現在の時制で語るとき、あきらめのつかない気持ちや、他人のそしりを受けたくないという見えが、人の心の中に潜んでいるのかもしれない。
特に、事業が大規模になると、サンクコストは一種の呪縛となって、関係者にのしかかってくる。建設工事などでは、
「これまでに、〇〇億円もの多額の費用を投入してしまった。いまさら、建設予定地の地盤が軟弱だとわかっても、もう後戻りはできない。地盤改良工事でもなんでもできることは全部やって、とにかく是が非でもこの事業を成功させなくてはならない」
こんな思いに駆られる経営者は、少なくないだろう。その結果、ますます事業に費用をつぎ込んで、巨額の赤字に至ってしまう恐れもある。
それでは、実際にサンクコストが生じてしまった場合、どうしたらよいだろうか。