「ノウハウとしては、言葉のとおりひたすら“聞いてあげる”こと。会話や相談ではなく『傾聴』です。その人が言いたいことはもちろん、寂しさや不安を“理解しよう”として聞くことが大切なのです。
もっと言えば“理解する”だけでいい。慰めや問題解決は『傾聴』ではありません。理解してもらえたという安心感は、目には見えませんが、大きな心のケアになり、力になるのです」
認知症の場合、記憶障害や見当識障害(時間や場所などがわからない)など、脳細胞が壊れることによって発症する中核症状に対し、それらによる不安や恐怖心、周囲の人との関係、環境、性格などが影響して現れるのが行動・心理症状(BPSD)。
妄想や暴言暴力、興奮、抑うつ、徘徊など、一見不可解で周囲を困らせる言動だが、『傾聴』などによって不安が取り除かれ、家族や周囲の人とよい関係が持てることでBPSDがおさまることも少なくないという。
「介護保険制度がスタートした頃、まず注目されたのが食事、入浴、排泄などの目に見えるケアでした。もちろんそれらも大切ですが、忘れてはならないのは心のケアです。心が安心感に満ちて健やかでいることが、日常生活や体の健康にとても大きく影響することは、若い世代でもわかると思います」
◆基本は受容すること。こちらからは発信しない
実際の『傾聴』のやり方を聞いた。ポイントは2つある。
「まず、基本は全面的に受容することです。相手が話すことはどんな内容でも受け入れて、否定や説教は決してしない。とはいえ、ただやみくもにがまんして聞くのではなく、たとえ自分の価値観と違う内容でも、相手を理解しようとして聞くのです。
相づちを打って話を促したり、また相手の言ったことを反復したりします。もう1つのポイントは、こちらから発信はしないこと。たとえば提案や慰め、ましてや説教などはNG。すべて相手の話した内容だけで話を展開していきます」
主体は“話す本人”。これは『傾聴』の基礎となっているアメリカのカール・ロジャーズが提唱する来談者中心療法の重要なポイントでもあり、本人に自分の言葉で心の内を語らせることが目的なのだ。
「たとえば物盗られ妄想のひどい高齢者が“私のお財布がないの”と話せば、“そうなの、お財布が見当たらないのね”と反復する。“娘が盗ったのよ”と言えば、たとえ事実に反していても“そう、あなたは娘さんが盗ったと思っているのね”と。
こうして反復を繰り返していると、まず自分の言い分が受け入れられたことに安心し、自分の言葉がそのまま返ってくることで、自分自身と向き合い冷静になります。そして自分は理解された、孤独ではないと気づき、自ら落ち着きを取り戻します。すると手芸や工芸、音楽などそれまで心を閉ざして忘れていた才能が一気に開花して、とても生き生きするのです」