テレビには、よく天皇皇后のおふたりが、35万坪ある広大な皇居の中を散歩されている様子が映し出されています。なかでも住居である御所をかこむ皇居の西側(吹上御苑)は、東京の都心部ではすでに消滅した、野生を残す森林地帯になっているのです。
そこをふたりで歩きながら、いっしょにツクシをつみ、それをおひたしにしようか、炊き込み御飯にしようかなどと話しあわれる姿は、本当にほほえましい。
けれどもよく考えてみると、その広大な「住居」から外の世界に引っ越す自由を、おふたりは事実上、もっていないのです。どんな庶民でももっている「住居を選ぶ自由」も「職業を選ぶ自由」も「言論の自由」もない。選挙権もない。
「私どもは、やはり私人として過ごすときにも、自分たちの立場を完全に離れることはできません」(平成13年(2001年)12月18日/68歳の誕生日会見)
それがどれほど精神的なストレスを生む過酷な生活か、だれにでもすぐに想像できるのではないでしょうか。
明仁天皇は結婚50年の記者会見で、美智子皇后について、「何事も静かに受け入れ」「よく耐えてくれたと思います」とのべられています。あるいはそこには〈天皇になっても皇居には住まない〉という、はたせなかった約束への謝罪も含まれていたのかもしれません。
もっとも高いとされる地位にありながら、もっとも人権が守られない世界に住み、被災地へのお見舞いや、国事行為などの公務を日々くり返される明仁天皇と美智子皇后。
〈矛盾に満ちた世界にあって、それでもなお、自分の持ち場で最善をつくすこと〉
それこそが人生においてなにより大切だということを、おふたりはいつもその行動で私たちに教えてくれているような気がします。
*矢部宏治著『天皇メッセージ』(『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』増補改訂版。http://sgkcamp2.tameshiyo.me/MESSAGEで全文無料公開中)より