もうひとり、国家の側からではなく、社会の側から歴史を語ったのが網野善彦。歴史の表舞台に登場しない海民、商人、職人、芸能民といった名もなき人々の共同体を描き、実はそこには、現代の我々が考える「自由」と「平等」がしっかりと息づいていたと訴えた。その網野史学の出発点となったのが(5)『無縁・公界・楽』だ。そうした自由で平等な世界は戦国大名の台頭によって潰されていき、そして完全に消滅するのが中世の終焉であるとした。
ただ、その後、網野はそうした民衆の自由で平等な共同体は近世にも生き残ったという近世論を展開していく。本書の内容と矛盾するとも取れるが、網野史学の歩みを知ることは楽しく、その出発点である本書は意義深い。
最後に挙げるのが、私が直接師事した五味文彦の(6)『躍動する中世』。それまでの中世史、中世論は政治や軍事から時代の変転を描くものが多かったが、本書は歌、モノ、文学、絵画、芸能などの文化に光を当て、文化がいかに時代を動かしたかを描いた。それまでの歴史学から発想を転換させ、人々の精神、息吹は文化にこそよく表れていることに着目して歴史を叙述した素晴らしい書である。
【プロフィール】ほんごう・かずと/1960年東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授。中世政治史が専門。東大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。『軍事の日本史』(朝日新書)、『考える日本史』(河出新書)、『日本史のミカタ』(井上章一との共著、祥伝社新書)、『日本史のツボ』(文春新書)など著書多数。
※SAPIO2019年1・2月号