映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、数多くの時代劇ドラマや映画に出演してきた俳優・榎木孝明が、一ヶ月半もかけた立ち回りの思い出、役柄の変化などについて語った言葉をお届けする。
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榎木孝明は、NHK大河ドラマにも数多く出演、幅広い役柄を演じて強い印象を残してきた。
「思い出深い役は、『毛利元就』(一九九七年)での渡辺勝ですね。最後に殺される場面があるのですが、殺陣の林邦史朗先生が『僕がずっと温めている立ち回りがあって、誰もやってくれないし、できないんだけど、今回やる気あるか』って聞いてくるんですよ。普通はできないことを榎木ならやれると林先生が思ってくれたことがとても嬉しくて、『ぜひやらせてください』と即答しました。
それは、十人くらいに槍で刺されて上に持ち上げられて、そこから落とされて、また立ちあがって戦う──という壮絶なものでした。引っ張り上げるタイミングとかも含めて、一か月半くらい前から稽古しました。
普通、殺陣の撮影はNHKではリハーサルが一回あったらすぐに本番ですから、あんなに時間をかけて稽古した立ち回りは後にも先にもありません。そのぐらい林先生の思い入れのあるシーンに起用してもらえたのは、役者としても栄誉なことです」
近年の大河ドラマでは『八重の桜』(一三年)での井伊直弼や『真田丸』(一六年)での穴山梅雪と、嫌みな役柄のポジションに回っている。