リニアの掘削工事で影響が出る大井川は静岡県の中部を流れる河川で、地元自治体が上下水道で使用する。そのほか、農家や工場などが農業用水・工業用水としても利用している。それだけに、大井川の水の量が減ってしまえば、経済活動にも影響が出る。
明治期から高度経済成長期にかけて、日本の電気の大半は水力発電で生み出されていた。なかでも、大井川流域では盛んに水力発電が取り組まれ、それが日本経済の発展に寄与した。大井川の水は、戦後復興を支え、高度経済成長を実現し、日本を世界の経済大国に押し上げた立役者でもある。
水力発電が主流ではなくなった今でも、大井川の水に恩恵を受ける利水者は多い。流域の8市2町と農業用水・工業用水として利用する団体が、今年8月に大井川利水関係協議会を発足。同協議会は、リニアの工事対策をきちんと講じるようJR東海に要請した。
「水は生命の源ですから、『全量を戻す』という静岡県や協議会が出している条件は絶対に守ってもらわなければなりません」(同)
同協議会には政令指定都市の静岡市は入っていないが、焼津市・島田市・藤枝市・掛川市・袋井市といった地方自治体のほか、電力会社や水道企業団などが名を連ねる。さすがのJR東海もこうした主張を受け入れざるを得ず、昨年10月にJR東海が「全量を戻す」という静岡県側の言い分を飲むことで問題は決着に向かいつつある。
「まだ、ようやく話し合いのテーブルに着いたばかりです。『どうやって全量を戻すのか?』という具体的な方法を決める話し合いはこれからです。県民の暮らしを守るためにも、慎重に議論していかなければなりません」(同)
国土開発にまつわる話は、どうしても推進側に有利な世論が形成されやすい。例えば、東京湾の埋め立てでは、千葉県の地元漁師たちが猛反対した。千葉県は反対住民たちを説得するために、多額の補償金を出すと約束。しかし、生活が立ち行かなくなる漁師たちは補償金をもらうからといって翻意しなかった。
当時は日本列島改造が世論を熱狂させており、日本全国が開発一直線に突っ走っていた。そのため、漁師たちは「ワガママを言っている」「ゴネているだけ」といった厳しい世論を浴びた。
しかし、水問題は農業・工業の生産活動にも結びつく。「大井川の水なんて、しょせんは静岡県民だけしか恩恵がない。だから自分には関係ない」と一笑に付すわけにはいかない。
静岡県内の農業・工業生産が落ち込めば、それは回りまわって東京や名古屋の経済活動を減速させることにもつながる。リニアを発端とする大井川の水問題を、静岡県だけの話にするのは問題の矮小化にほかならない。
静岡県とJR東海のような地元自治体と鉄道会社との齟齬は、全国各地で見られる。決して他人事ではない。