父の急死で認知症の母(84才)を支える立場となった『女性セブン』のN記者(54才・女性)が、介護に関するエピソードを明かす。今回は認知症とアートに関するお話です。
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母と一緒にマスキングテープを使った「マステアート」を体験した。お題は“月見団子”。下絵に沿って好きな色柄のテープを貼っていくのだが、母は団子の線を無視して緑色で埋めた。認知症の母には難しかったかと、頭を抱えたが…。
◆団子が緑色ってなぜ!? 恥をかかせまいと焦る
昨年秋、地元の認知症カフェに参加したときのことだ。この日はマスキングテープを使ったちぎり絵「マステアート」の体験講座で、娘も誘って母娘三代で参加。孫と一緒で母も上機嫌だった。
講座が始まり、材料が配られた。季節にちなんだ“月見団子”や“ハロウィンのかぼちゃ”などが、すでに台紙に線画で描かれていて、いろいろな色や柄のマスキングテープをちぎって貼っていく。
「テープはたくさんありますから、好きなものを好きなように使って自由に作ってみてくださいね!」と講師の女性。
こういうのはワクワクする。私はつい奇をてらい、ハロウィンのかぼちゃの下絵に、真逆の渋い和柄を重ねてみようかなどと考えを巡らせていたが、ふと母を見ると、表情が凍りつき、手も止まっている。
「やっぱり難しかったか。やり方がわからないのかな?」
私は慌てて母のフォローに回った。ここで恥をかかせてはいけないと思ったのだ。
「ママのは月見団子だね。団子だから白っぽいテープがいいね…ねえ、ママ」と必死に声をかけ、それらしい色のテープを母の前にかき集めた。
「団子? うーん」と、母の返答はいつになくぼんやり。そしてやっと手を伸ばしたのは、なんと緑色のテープだ。
「ねえ、これ月見団子だよ」
私は説教モードに突入。いやいや、自由に作っていいのだ。よもぎ団子で月見をしたっていいじゃないか。
自分は奇をてらうくせに、母にはつい“ちゃんとしている”ことを求めてしまう。認知症を意識しすぎの自分を抑え、何やら手を動かし始めた母に任せることにした。
◆野菜サラダか、それとも父へのお供えものか
完成した母の作品は、もはや月見団子ではなかった。三宝(台)の上の団子の丸い線は完全に無視され、数種の緑色の点があふれていた。
「ん? 野菜サラダかな?」と、娘がナイスフォロー。その場が和み、母も一緒に笑った。自作の解説はなかったが、母も意外に満足顔だ。
その後、お茶とお菓子をいただきながら周囲の人たちに「認知症というのはね、頭がボーッとする感じ。でも私は治ったのよ」と、おしゃべりも全開。来て正解だった。
それから2か月後のことだが、父の七年祭(七回忌)の儀式の後、娘がつぶやいた。
「おばあちゃんのマステアート、お供えものだったかも」
実家の法事は神道式で、儀式には海産物や野菜、果物を供える。父の葬儀や法事でも、確かに、月見団子の下絵に描かれていたような三宝の上に、葉つき大根や小松菜などをのせて供えていた。
“アートは心の中の表現”だといわれる。あのとき母の心に何が浮かんでいたのかはわからないが、下絵に目もくれず夢中で貼った緑色は、もしかしたら本当に父へのお供えだったかもしれない。
※女性セブン2019年3月14日号