「技術系のTSSと営業系のPUCを統合すれば、水道事業を丸々運営する体制が整います。職員の減少や高齢化で先行きの見えない地方の水道事業に貢献しやすくなるし、国際展開にも弾みがつく。以前からこうした体制づくりに向け準備を進めてはいたのですが、小池知事の指示で、大幅に前倒しすることになったのです」
小池氏がこの案件に飛びついた背景に、昨年末に成立した改正水道法がある。
改正法は、全国の市町村で経営危機にある水道事業の受け皿になるよう、企業に運営を任せやすくする仕組みを取り入れた。公共施設の所有権は自治体に残したまま、運営権を民間企業に委ねるやり方は「コンセッション方式」とも呼ばれる。
老朽化が進む浄水場や管路の改修は待ったなしのなか、生活に密着した上水道を外資や民間企業が請け負うことには住民の抵抗感が強い。そこに人材やノウハウを持った「東京都の水道会社」が登場すれば、全国の水道事業の“救世主”となる可能性を秘めている。
だが、改革のハードルは高い。TSSの元締めとなる東京都水道局は、“水道一家”と称されるほど結束が強い組織だ。とりっぱぐれのない水道料金で安定経営を続けるなか、数年前まで局長ポストをプロパー出身者が独占し続けてきた。
通常、環境局や建設局など30近くある都庁の局のほとんどで様々な部局を経験した幹部が局長に充てられる慣例を考えれば、異色の組織といっていい。
こうした組織体質が負の方向に働いたことは否定できない。昨年10月、水道局発注の浄水場業務をめぐって談合を繰り返したとして、公正取引委員会が都と業者に立ち入り検査に入った。さらに都の内部調査では、都の係長が予定価格に関する情報を漏らしていたことも判明した。
TSSの改革方針を記した2月の特別監察報告書は、外部人材の登用を掲げていた。具体的には「内部統制に関する専門性や知見を有して」いたり、「民間企業等で内部統制に関する実務経験がある」人材を例として記していた。
だが、小池氏が推薦する野田氏は、企業経営の経験も豊富とは言えず、水道の専門家でもない。
コンセッション方式は行政運営と企業経営の両にらみの舵取りが問われる難しい仕事だ。さらにTSSの社内改革も、企業統合もある。3つを同時進行させ1年で成果を得るためには会社や都庁の内外から多くの協力が不可欠で、知事の権力を振りかざして野田氏を就任させても、成功の保証はない。