〈香織ちゃんの方が仕事できるんだから、お前が産んで育てろよ〉と同僚にからかわれ、社内の噂にも疎い泉。先日も新人アーティスト〈KOE〉にレコーディング直前に逃げられるが、失恋が元で曲が書けなくなった彼女が唯一頼ったのも香織だった。〈音楽を忘れてしまったんです〉〈どうやって歌詞を書いていたのか、どんな気持ちで歌えばいいのか、どうしても思い出すことができない〉
「アーティストというのも記憶の職業で、曲が書けなくなった人は、書けないというより、書けた時の感覚が思い出せないという方が近いらしい。仕事のトラブルや上司の部内不倫など、些末な現実のあれこれと親の問題が並行するのが、僕らのリアルだと思う。そうやって人生が否応なく押し出されていくリアリティを描いた上で、記憶と忘れることはセットで成立することを、肯定したかった」
映画も小説もヒット作に事欠かない川村作品に共通するのが、実は「喪失から考える」という方法論だ。
「小説では猫やお金や恋愛が消えたり、新海誠監督の『君の名は。』も、主人公の男女がお互いの名前を忘れてしまう物語です。
何かがなくなるから考え始めるということを、従来はわりとファンタジックな手法でやってきたのですが、今回は祖母のこともあり、現実にSFみたいなことが起きるんだという驚きから入っている。忘れていく祖母と向き合うことで逆に自分が忘れていたことに気づいたり、記憶の満ち欠けこそがその人なんだと実感できたのが大きい。
表題も100の花=記憶という意味で付けたんです。人間は覚えることで成長し、ある時からは忘れていって、大事な100だけが最後に残る。僕自身、顔も思い出せない人の連絡先を必死でクラウドに上げたりしていたのですが、人は何かを失うことで大人になるのですし、今は忘れることに一切抵抗しなくなりました(笑い)」