粟田社長によれば、もう何年も前から、パソコン片手に、たとえばスターバックスコーヒーの店内で黙々と、かつ居心地よさそうに仕事をする人たちを国内外で散見し、「こういう場で仕事をすることでモチベーションを高めているのか」と、少なからずのショックとヒントを得たらしい。
社員食堂は現状、ランチタイムがメインで、15時~18時がカフェタイムということだが、いずれは朝食や夕食時間帯にも営業時間を延ばしていきたいという。ちなみにランチの値段は基本600円で、主菜が1つ増えると750円、レギュラーコーヒーなら120円で飲める。
「25年度に売上高で5000億円、世界で6000店舗という数字は、今のままではなかなか届かない。実現するには、社員の中から経営者を育てて次々に分社化したり、あるいは商売が好きな社員はのれん分けで自分で店を持つのもよし、職人としてスペシャリストの道を究めるのもいい。そうした積み重ねで目標数値を達成していきたい」(粟田氏)
もちろん、トリドールHDはIT企業ではない。いかにオフィスがお洒落で先進的になっても、自分たちが何者かを見失わないよう、変えるべきものと変えてはいけないものをきちんと社員に認識してもらうため、来年度から2、3か月に1度の割合で、“粟田塾”も開催していくという。
「当社は基本、(「丸亀製麺」に代表される)手づくりとできたてを1つの集客装置としてご来店いただいているので、その精神はこれからも説き続ける必要があるのかなと。そういった私の思いやこれまでの転機を通した苦労や気づきを、幹部や社員たちにはダイレクトに聞いてほしい。
人手不足になると、とかく省人化の方向でどの企業もハンドルを切っていきますが、そうではない。飲食業は楽しい場の提供であり、人が人をもてなすことが根幹です。そういう初歩的な思想をしっかり伝承していくことだけは(創業者である)私しかできないミッションだと思っています」(同前)
基本的なトリドールのDNAを叩き込みつつ、「従来の外食の常識を超え、感性を刺激、活性化して、自由で大胆な新しい発想をどんどん生んでほしい」という粟田氏の願望から実現した今回の本社移転。外食事業はもちろん、たとえば中食や食に関わる周辺領域などで、果たしてどんな新規事業や斬新なアイデア、M&A案件などが“渋谷発”で生まれるのか、しばらく注視してみたい。
●取材・文/河野圭祐(経済ジャーナリスト)