そして姉弟はなんと令和の新宿で再会を果たす。お聖様と別れて食い詰める中を町の人々やサーカス団の団長らに救われ、果ては六条院の養子に迎えられた頭獅王と、転生の末に新宿で春を売るアンジュが父の汚名を雪ぎ、宿敵と対峙するシーンが、今一つのハイライトだろう。
彼女は〈仇を仇にて報ずれば、燃える火に薪を添えるようなもの。逆に仇を慈悲にて報ずれば、これは仏と同格なり〉と言い、憎き山椒太夫親子にすら情けをかけるが、なおも欲をかく親子は黄泉の国に堕ち、逆に姉弟の苦境を救おうとした聖や伊勢の小萩や新宿のストリートチルドレンには〈褒章〉で報いた。
「父の名誉を回復し、今や持てる側になった彼らには、仇より恩に生きる道を選んでほしかったし、その方が現代的な気がしたんです。
確かに慈悲を反故にした山椒太夫や三郎は原典でも相応の罰を受ける。ただしそれは自業自得ではあるし、たとえ仏と同格にはなれなくても助け合ったり分け合ったり、人間同士だからできることも僕はあると思います。何もそれは富や名誉を得た人間に限らず、僕ら名も無き庶民にもできることで、人生に満足し『足るを知る』のは本当に本人次第だなあと、令和の新宿で仏教的なことを思ったりしました」
この「吉田版・古典エンターテインメント」が時空を超えた意味はそこにあり、とかく説教臭くなりがちな教訓が文語のリズムに乗るとあら不思議、心と身体にすんなり沁み入ってくるのである。
【プロフィール】よしだ・しゅういち/長崎県生まれ。法政大学経営学部卒。1997年『最後の息子』で文學界新人賞を受賞しデビュー。2002年には『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞を受賞。2007年『悪人』で毎日出版文化賞と大佛次郎賞、2010年『横道世之介』で柴田錬三郎賞、2019年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞と中央公論文芸賞。他に『犯罪小説集』『吉田修一個人全集コレクション1青春』等。映画化作品も多数。175cm、68kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/田中麻以
※週刊ポスト2019年10月11日号