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2019.10.08 07:00  女性セブン

天才女流棋士・林葉直子 「余命1年」と宣告されて・後編

 彼女をこのまま退会させるわけにはいかない。酔い泣きする棋士に私は言った。とにかく林葉に休場届を書かせてそれを明日の午前中に新宿に持ってくるようにと。私は強い信頼関係にあった常務理事に電話をして、翌朝、彼女と急遽ホテルで会うことになった。

 林葉は髪をバッサリとショートカットに切り、野球帽のような帽子を被っていた。サングラスをした顔が青白く弱弱しく体もやせ細っている。封筒に入れた休場届を理事に預け、それで何もかもが終わるはずだった。

 結果的に林葉はすべて私の指示に従ってくれた。休場届を理事が受け取ったのだから、それは正式な休場ということになる。何か精神的な悩みがあるのかと感じさせたが、聞くことは躊躇われた。

 その日の午後、林葉は成田からイギリスへと一人旅立っていった。休場届は理事の手によって総務課に届けられ受理されていたので、事務手続き的には何の問題もない。

 しかし翌日のスポーツ紙にいきなり一面で“林葉直子、失踪”と大見出しが載り、それに各テレビ局、週刊誌が後追いして、あっという間に大騒動となってしまった。

 私は行きがかり上、将棋連盟内の林葉捜索係のような感じで、毎日、棋士を中心にあらゆる人脈を使って探し回ったが、誰も行先はわからない。ただ一人、林葉行きつけだったスナックの仲の良いママが「イギリスからアイルランドに渡った。今はコークという町にいる」と教えてくれた。

 真夜中だった。出版社の会議室から、連日の徹夜でふらふらになった頭で私は考えた。アイルランドのそんなに大きくない街だったら、日本人が泊まるホテルは限られているだろう。順番にかけていけばいい。

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