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2019.10.08 07:00  女性セブン

天才女流棋士・林葉直子 「余命1年」と宣告されて・後編

将棋界に留まらない活躍をしていた林葉直子氏(写真/共同通信社)

 何人かの男の職員がバタバタと走っていくので私もついていった。するとどうだろう。将棋会館の2階と3階の中間の階段の踊り場で、大男が林葉を殴りつけている。男性職員が間に入り必死に止めようとしている。その上から男のパンチが飛ぶ。男は林葉の父で、奨励会が行われていたその日に、福岡から出てきて林葉を対局室から引っ張り出したのだ。彼女は何かギャーギャーと叫んでいる。

 その頬へ父親の容赦のないパンチが飛ぶ。その光景を編集部員となったばかりの私は愕然としながら見ていた。しばらくもみ合いが続いたのだが、もっと驚いたのは林葉が、何人かでとり押さえる形になった父親の脛をめがけて、職員の足の隙間からガンガンと蹴りを入れていたのである。林葉は口を切った程度だったが、父親はひどい打撲を負ったのではないだろうか。

 林葉の奨励会生活は2年半で終わりを遂げる。その間に昇級もあったが、80人の男の中に女子が一人、大変に窮屈な思いを強いられたという。今も昔も将棋界は、男の社会だった。

「いちゃいけない場所にいた感じ。私が(記録係として)30秒、40秒と秒読みをすると、皆が振り返るのよね。私に負けたら坊主にさせられる、という話も聞いたな。休憩時はよく、(会場に)1つだけあった女子トイレにこもって『花とゆめ』なんかを読んでいたんだけど、まさか女子が入っていると思わないから、男性棋士が入ってきたこともありました」

 結果的に将棋に負け癖を植え付けられただけだったのではないかと林葉は言う。師匠のすすめにより林葉は奨励会を退会し女流棋士としてデビューすることになる。するとどうだろう。奨励会時代の屈折をバネにしたかのように林葉はあらゆる棋戦で勝ちまくる。あっという間に女流タイトルを総なめにしてしまった。まだ高校生。女流棋界始まって以来の大スターの誕生といってよかったろう。

 世間の目は一人の美少女棋士に集まり、未来は明るく輝いていた。その後林葉は女流王将を10連覇という偉業を成し遂げる。まさに向かうところ敵なしだった。

◆1994年──彼女はアイルランドにいた

 林葉が女流王将10連覇を達成したというニュースは大きく流れたが、しかし私に伝わってくる情報はあまり芳しいものではなかった。新宿で酒ばかり飲んでいるという。

 10連覇を達成した林葉は、敵らしい敵もなく目標を失ってしまったのではないか。絶対的女王なるがゆえの孤独感が漂い始めていた。

 1994年のある日、真夜中に私の家の電話が鳴った。出ると親しい関西の棋士で「林葉さんが将棋連盟を脱会しようとしている。自分にはもう止められない。大崎さん、何とかしてくれんか」と泣いている。聞いてみると林葉は翌々日の対局をすっぽかして海外へ脱出しようとしているという。対局は棋士にとって至上のものであり、どんなことがあってもそれをすっぽかすことなどできない。即座に退会を宣告されても致し方ない。林葉はそれを覚悟のうえで決行しようとしているのだ。

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