18歳で大阪から上京し、縁あってそのアートの巣窟に住むことになった永山は、当時の住人仲間〈仲野太一〉がネット上でとんでもないことになっていると、元住人の〈森本〉から唐突なメールを受け取る。〈≪ナカノタイチ 犬のクソ≫で検索したらでてくるとおもいます!〉〈僕は一周まわって笑いました〉と。
だが、検索するより先に、永山の脳裏には〈おまえは絶対になにも成し遂げられない〉と彼に断言した仲野の賢(さか)しらな横顔が浮かんでしまう。そして絵本作家を夢見る〈めぐみ〉との悲惨すぎる恋の結末や、永山の初著書『凡人A』に因んだある事件など、苦い記憶ばかりが蘇るのだ。
「ハウス自体は創作ですが、上京直後に周りが妙に大人に見えて気後れする感じは、僕自身の実感でもあります。『火花』や『劇場』の時は客観性を考えて登場人物と自分の距離をあえて離したのですが、結局、読者には“コレ又吉のことやろ”と思われる(笑い)。
今回は小賢しい真似はせず、自分と同い年の永山が過去を振り返る設定だけ決めて書き進めたので、奥が後々芸人になって〈影島道生〉を名乗り、小説まで書いた時は、自分でも『わ、出てきた~』という感覚でした」
実はこの影島=奥こそ、仲野をネット上で炎上させた張本人。芸人が小説を書き、芥川賞まで受賞したことを公然と揶揄した自称コラムニスト・仲野の見識を質し、〈想像力と優しさが欠落したただの豚〉と猛烈に逆批判したのだ。
「ここまで苛烈でなくとも、考え方自体は僕も影島や永山に近いかもしれないです。最近は皆さんネットでもいろんなこと言いますが、それを言うために〈マイクを取りに〉行くかどうかが僕は結構重要だと思うんです。
自分は18歳とかでマイクを持たされないで、ホンマによかったって感謝してるんですよ。僕が当時の未熟なままで世に出ていたら、人を傷つけていたかもしれない。よほどの天才でもない限り、自分が今どこまで喋れる力があって、マイクを本当に持っていいのか、誰にも気づかされない方が僕は残酷やと思うんです」