◆「別世界がある」そのことが大事

 そんな影島と偶然再会し、しばし旧交を温めた永山は、過去作『凡人A』を発展させた新作『脱皮』を発表、あるエッセイ賞まで受ける。そして父方の故郷・沖縄で受賞を祝ってくれた人々や、〈ちゃんと景色見てるか〉という父の言葉に促され、少しずつ視界や視力を取り戻していく第3章がいい。

「僕も父が沖縄、母が奄美出身で、子供の頃に遊びに行くと強烈なパワーに呑み込まれるくらい、大阪とは感覚も常識も全てが違った。でもその違いが今思うと、大事やった気もするんです。表現を生業とし、常に他人の評価に晒される価値基準の中で生きていると、今でも沖縄に行けば『別世界があるんや』と思うし、別に沖縄に限らず、自分と違う生き方をしてる人がいるっていうだけで、永山にはよかったんだと思う」

 せっかく心が通じあえた影島がゴシップに巻き込まれて姿を消し、〈僕達は人間をやるのが下手なのではないか〉〈自分の思いどおりにならないことが人生にあると受け容れることは怠慢なのだろうか〉と永山が延々思索する場面など、本書は何者かになれずにいる人や、そうでない読者にも、突き刺さる言葉に溢れている。

「僕は中学生の時に初めて好きな子とマクドに行って、帰りに『私と遊んだこと、誰にも言わんといて』って言われたんですよ(笑い)。ところがこの話を笑ってくれる人もいれば、『そんなのひどい!』と怒る人もいるんです。僕は小説においても、喜劇にも悲劇にもなれる“状態”を書いている。この世界自体が、僕はそういうものだと思うので」

 その行く手に微かな光や景色の抜けを見出せるのは、同じ人間下手として朗報である。

【プロフィール】またよし・なおき/1980年大阪生まれ。1999年に上京。NSC東京校5期生。漫才コンビ「線香花火」を経て、2003年に綾部祐二氏と「ピース」を結成、2010年のキングオブコント準優勝など幅広く活躍。2015年に初中編小説『火花』を発表し、第153回芥川賞を受賞。同作は300万部を超える大ベストセラーとなり、ドラマ化・映画化・舞台化もされた。著書は他に『劇場』『東京百景』『夜を乗り越える』等。本作は毎日新聞夕刊掲載の初新聞小説。164cm、58kg、B型。

構成■橋本紀子 撮影■国府田利光

※週刊ポスト2019年11月1日号

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