◆祖父母の追分羊かん、ドイツの朝食専用の部屋…… 旅で出合った忘れられない食の記憶
私にとって食べることは、旅の楽しみの中でもかなり大きなウエイトを占めていて、『旅ドロップ』にも出てくる“小倉のバターパン”のように、どうしてもその味に逢いたくて、わざわざ足を運んでしまうことも多々あります。
静岡県の茶畑から富士山を臨む
高校生の頃、初めて新幹線にひとりで乗って、静岡県の清水まで名物の『追分羊かん』を買いに行きました。祖父母が清水に住んでいて、子供の頃よく遊びに行っていた時はとても身近なお菓子だったのですが、祖父母が亡くなってからは、追分羊かんも私の暮らしから一緒に無くなってしまった。高校生の時に、どうしても無性に食べたくなって、新幹線に乗って清水まで探しに行きました。追分羊かんは、練り羊かんでも水羊かんでもない、竹に包まれた蒸し羊かんで、食べると竹の風味がふわっと香り、甘ったるくなく、むちっとした食感。今でも祖父母を思い出す味です。
ちょっと前に九州でみつけた炉端焼き屋さんも絶品です。特にそこの砂肝が感動的においしくて、どうしても食べたくて、日帰りで2回も行きました。14時の飛行機に乗って、17時に砂肝を味わい、近くのバーで一杯飲んで、最終便で東京に帰ってくる。大人になったからできること。来月も行く予定なんですよ(笑い)。
北海道の旭川にも、必ず足を運ぶ『すがわら』というラーメン店があります。ここの塩ラーメンは、私にとって理想的なラーメン。北海道にしては細麺で、チャーシューはあっさり。何よりも熱々の澄み切ったスープが素晴らしくて、シンプルで余分なものがない。旭川に行ったら絶対に何としてでも食べに行く一杯です。
25才の時、ドイツのケルンとハンブルク、2つの大学の朗読会に呼ばれたことがありました。その時、ドイツの日本領事のかたの家に泊めてもらって驚いたのは、朝食専用の部屋があること。その部屋はガラス張りで、朝になると日が燦々と差し込んで、雨の日には雨が窓を打つ様子を見ながら、朝食をいただく。そんな朝食を食べるためだけの部屋があることに私はものすごく感動しました。「いつか絶対、朝食用の部屋がある家に住みたい」と心に決め、『抱擁、あるいはライスには塩を』という小説では、朝食用の部屋がある家に住む家族を描きました。自分ではまだ実現できていませんが、小説として残せたことで少し満足できたかもしれません。
旅に出ると、やはり私は書きたくなる。旅をすることは小説を書く上で、私にとってとても大事なこと。
今いちばん行ってみたいのはアントワープ。ベルギーといえば、お菓子とビールの国ですよね。私のためにあるような国なのに(笑い)、実はまだ一度も行ったことがない。先日雑誌で、アントワープの修道院を改築したホテルが載っていて素敵でした。「絶対ここに泊まって、お菓子とビール!」そう願っています。