アルゼンチン・ブエノスアイレスの書店・エルアテネオグランドスプレンディッド(Getty Images)
旅先では本屋さんにも必ず行きます。ブエノスアイレスには素晴らしい書店があって、そこはものすごく広くて、天井が吹き抜けになっていて、本棚でぐるっと囲まれている。まるで映画や舞台のセットみたい。ここで1日中過ごせてしまいます。
海外で本屋さんに行くと、何がうれしいって、どこでもにおいが一緒なんですね。あれって本当に不思議。レストランはその国の香りがあるけれど、書店の香りは世界共通。紙とインクと本箱のにおい。私にとって、どこの国にいてもホッと安らげる不思議な空間です。書物がひしめきあう場所には、物語の気配を感じます。
旅先で、思わぬ本と出逢うのも楽しみのひとつ。三重県・四日市にある子供の本専門店『メリーゴーランド』によく行くのですが、そこで、『カルペパー一家のおはなし』に再会した時のことは、今でも鮮やかに覚えています。子供の頃に図書室で読んだ紙人形の家族の物語で、とてもおもしろい一冊なのですが、それっきり忘れていました。もちろん東京の書店でも買えたのですが、「四日市で再会したカルペパー一家」っていう気持ちを忘れたくなくて、大切に買って持ち帰りました。
20代の頃、アメリカに留学していた時に、出逢った忘れられない本もあります。あの頃、私の人生の中でいちばん勉強をしていたので、あまり本を読む時間がなかったのと、留学先なのでたくさんの本は持って行けず、日本からは3冊だけ選んで持参。三好達治詩集、二葉亭四迷の浮雲、あともう1冊は何だったかな…。その頃、ニューヨークの『禅書店』という日本語の書店に行ったら、『アーウィン・ショー』の小説の新刊が日本語で翻訳されていたのですが、当時留学生の私は日本語の本はとても高価で買えなかった。英語を勉強しにアメリカに行っているのに、日本語がものすごく懐かしくなってしまい、連日通って、ペタンと床に座り込み、夢中になって1冊読んでしまったのを今でも覚えています。
その後、父や妹が、いま日本でこんな本が流行っているよと送ってくれた中に、『サラダ記念日』(俵万智)がありました。たとえば、○印はパパが好きな歌、△印はママが好きな歌、×印は妹が好きな歌って、それぞれ印が付いていて、「お前が好きな歌にも印を付けて送り返しなさい」って。それで私も印をつけて送り返した思い出があります。時に、本は我が家の往復書簡でした。