◆ちっぽけな子供のように旅に出る 財布には10ドル札のおまじない
旅に出る時は、いつでも基本の自分、ちっぽけな子供に戻る気がします。私は、とるにたらないもの、とるにたらないことが好き。忘れちゃったら無くなってしまうようなこと、無いよりはあったほうが楽しいなって思うようなこと、ちょっとおもしろかったこと…私の著書『旅ドロップ』は、ドロップという言葉通り、“旅”から連想するそんな「とるにたらないささやかなもの」を1冊にしてみたかった。
私は、許されるならば、いつだって旅に出たいと思っています。20代後半から30代前半の頃は、いつでも旅に出られるように、常にパスポートを持ち歩いていました。仲のいい友人たちにも、「パスポートを持ってきてよ!」と、いつも言っていて。だって、おしゃべりをしていて、「これから行こう!」ってなった時に、すぐに行けたらいいじゃない?って。その頃はまだみんな独身で、夜中に飛び立つ飛行機もあるし、キャンセル待ちをしたらどこかの国には行けるし、「頑張ればできないはずはない!」、そう信じていましたね。
今はもう、パスポートは持ち歩かなくなってしまったけれど、おまじないみたいにお財布に10ドル札は入れています。
「旅に出たい」そんな気持ちが湧き起こったら、子供の頃のようにそのままの自分になって、いつでもどこにでも身軽に行ける、そんな風でありたい。今でもそう願っています。
【PROFILE】江國香織(えくに・かおり)/1964年東京都生まれ。1992年『きらきらひかる』で紫式部文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2012年『犬とハモニカ』で川端康成文学賞、2015年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。他の小説作品に『神様のボート』『冷静と情熱のあいだ Rosso』『東京タワー』『間宮兄弟』『真昼なのに昏い部屋』『彼女たちの場合は』など多数。詩・童話・絵本・翻訳など多彩なジャンルでも活躍している。11月15日(金)に、旅エッセー集『旅ドロップ』の制作秘話を披露する読書会を小学館カルチャーライブ!にて実施。
●取材・文/岸綾香
●撮影/高橋依里