本書で特に印象的なのが、〈この「気構え」の思想は間接的にリクルートスーツ着用の根拠として信憑されるにいたった〉や〈ミニ丈にすることで良い印象を与えられるという一つの信憑〉という文章に見られる信憑というコトバだ。

「誰々がこう言ったとか、みんなもこう言ってるとか、根拠もさだかでない物事をゆる~く信じる感じを表しています。例えば現代の就活生のように男女共に黒一色のスーツに収斂していくのは00年代初頭です。その頃は不景気で、リクスーにも、着回しのきく〈日用品化〉が及びました。メーカー側も安価で形も悪くないスーツを製造することで、リクスー=一時期だけ割り切って着るツールという信憑が集団的に醸成されていく。一時的なイベントにお金をかけたくないのが、平成令和世代のマインドでもあるわけです」

 そもそも服装には身分や階級を示す役割があり、スーツにも素材の質や形や細部による〈階梯〉が暗黙裡に存在した。が、〈差異と序列を見出し、地位体系と連関した階梯を構築しようとする考えは昭和的なものである〉と氏は書き、〈抜け駆けを許さず、皆が平たく成り行くことを肯定〉するリクスー自体、〈極めて平成的なもの〉と続けるのだ。

「私も就活では苦労しましたし、その怨念が今作で活きた面もあるのですが、私とは全然違う次元で、平成世代は〈フラット〉化を志向しています。もう彼らはスーツを単なる自己表現としては着ていません。

 彼らがよく口にするのがカブらないという言葉です。同調圧力の強い複雑な人間関係をかわすために、目立ちもカブりもしないギリギリの線を見つけようとしているのだと思います。就活は良くも悪くも社会の理不尽さを知る一大経験です。仮に今の就活が画一的に見えるとしたら、その背景にはどんな家計的事情や心理的負荷があるのか、私としても論文というよりも物語として書いたつもりです」

 現象と現象の間を膨大な事例で繋ぎ、探偵さながらに推理を進める著者自身、信憑の扱いには悉く慎重だ。あるかなしかの信憑に賭け、〈正解〉などないからこそ、リクルートスーツも人間の歴史も面白いのだから。

【プロフィール】たなか・のりなお/1974年埼玉県生まれ。早稲田大学文学研究科修士課程修了後、アパレルを中心に就活するも、2年連続で全滅。『暮しの手帖』の編集業務を経て、立教大学大学院文学研究科比較文明学専攻にて博士号(比較文明学)を取得。現在は文化学園大学服装学部准教授として戦後日本の服飾文化史やメディア史を講義。「普段もスーツです。服飾系の学校なので半端な物も着られないし、お洒落をするにはお金がかかるし、まさにリクスー的発想です(苦笑)」。165cm、82kg、A型。

●構成/橋本紀子 撮影/黒石あみ

※週刊ポスト2019年11月22日号

リクルートスーツの社会史

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