たとえば、あとで皇帝となる主人公は、最初の婚約者にたずねている。一七歳の娘に、「まだ処女だろうね」、と。会話もかわしあわない、ほぼ初対面といった段階で。女性にたいするデリカシーなど、かけらもないナポレオン像が、うきぼりになっている。コルシカ生まれの野人という人柄が。
帝位についたころから、ナポレオンは髪の毛がうすくなりだした。そのことでは、悩むようにも、なっている。オーストリアから若い皇妃をむかえた時には、自問自答を余儀なくされてもいた。こんなハゲかけた頭で、新しい后にきらわれないだろうか、と。英雄の、意外にちっぽけな部分が、とりあげられているのである。
私などは、しかしそういうところに、かえって親しみをいだいた。いや、私だけではないかもしれない。今は世界へはばたくだけのヒーロー像が、けむたがられる時代になっているような気もする。
※週刊ポスト2019年12月20・27日号