とはいえ母は、決して手先が不器用というわけではない。注文紳士服の仕立てを生業にしていた祖父(母の実父)に、9人もいた兄弟姉妹の中から見込まれて家業を手伝っていたのは、母なのだ。
やわらかい布地を巧みに手繰って整え、重いアイロンを滑らすと、まるで母にひれ伏すように真っすぐで堅硬な折り目がピシッとつく。小さい頃の私は、そんな母のアイロン技に見とれたものだ。
ふとその懐かしい場面がよみがえったのは、処方薬をセットするため、仕事の合間に母の家を訪れた時だった。
冬なのにヨレヨレの半袖Tシャツ姿の母に、毎度のことながら仕事モードの私は、軽くイラッときた。
「あのさー、冬なんだから、冬の服着ないと!」とブツブツ言いながら母を見ると、背中を丸め、何やら忙しそうに手を動かしている。ガムの包み紙を折っているのだ。辺と辺を正確に合わせ、指で折り目をなぞると、ピシッと気持ちのよい直線になった。
そういえば要介護になってから、母が手近な紙を折るのをよく見かけるようになった。鶴やカブトなど完成品を目指すふうではなく、ひたすら折る作業に没頭しているのだ。母が何か失敗して気まずい雰囲気の時、一緒に外出した先で、私がスマホに夢中になっている時も、黙々と折っている。
「もしかして、これが母のストレス解消…?」
意気揚々とアイロンを繰る若い母の姿が重なり、初めて思い至った。たまに完成する折り鶴は折り目も角も美しい。さすがの職人技である。
※女性セブン2020年2月6日号