山口:亡くなる3週間前、栄養を入れていたポートを外しました。先生から「平均2週間くらいで亡くなりますが、急変の可能性もあります」と言われたのを覚えています。
山中:医師としては、ご家族に何もしない選択肢を提示するのは、心苦しいところもあります。でもお母さまの場合、最期の時間が近づいているのがわかりました。そういうときは何もしない方が、最期まで穏やかに苦しまずに逝ける。仮に点滴栄養を入れていたら、命が1~2週間長くなったかもしれませんが。
山口:いえ、私は点滴を抜くことで、母が楽になってよかったと思いました。「2週間」と言われたのに、3週間も生きてくれましたしね。
山中:年末に「うまくお正月を迎えられるといいですね」というお話を山口さんとしましたね。
山口:心安らかなお正月でした。母はお雑煮のおつゆを一口だけ飲んで「おいしいね」って。
山中:その頃は2日に1回はご自宅に訪問していて、最期の1週間は、今日は山口さんのところからお声がかかるかもしれないと思いながら、毎日、床についていました。
山口:亡くなる4日前に尿が止まりました。岐阜で在宅医療をやっていらっしゃる小笠原文雄先生の『なんとめでたいご臨終』を読んだら、「亡くなる4日ほど前に尿が止まる」と書いてあったので、いよいよ迫っているなと。
山中:亡くなる3日前に伺ったときに、肛門が開いて便が緩やかに止まらなくなりましたね。1月に入って時々、苦しそうに呻かれていることがあったので、座薬を入れていましたが、もう肛門が開いて出てきたので、それもやめて。出すものをすべて出して、でもきれいに苦しまずにやせていかれて…人って、最期は何もしない方が穏やかに逝けるんです。
山口:前日には「もう尿は出ないから、導尿の管を外してもらいたい」と連絡して、母は煩わしいものから完全に解放されました。本当に穏やかな最期でした。
山中:人は病気で亡くなるのではなく、誰しも必ず死ぬものです。最期は病気にとらわれず、緩和治療をして痛みさえ取ってあげれば、病院では見ることができない幸せな最期を迎えることができるんです。年間200人以上をお看取りさせていただいていますが、お子さんが笑顔でご遺体と写真を撮ったり、お孫さんが一緒にお化粧をしてあげたりするケースもある。山口さんのお母さまも、幸せな看取りのひとつの典型です。
※女性セブン2020年3月19日号