ライフ

作家・角田光代氏が語る、向田邦子作品への「愛」と「縁」

角田光代さん(右)と西加奈子さん(左)

 大の向田邦子ファンで知られる作家の角田光代氏。3月16日、向田氏のエッセイをベースにリライトした自身の絵本『字のないはがき』(絵・西加奈子と共著)で、「第1回親子で読んでほしい絵本大賞」大賞を受賞した。そんな角田氏が、若い頃から読み続けてきた向田作品について大いに語ってくれた。

「私にとって、向田邦子さんは格別な人です。若い頃、作家になるためにお手本とした人。エッセイの名手だからぜひ読んでみてと言われて、最初はただ言われるままに読んだんですが、とにかく面白かった。とりわけ『眠る盃』(今回の受賞作品の原作「字のない葉書」も所収)というエッセイ集は、自分のなかの教科書でした。

 いま読んでも、まるで自分の記憶みたいに覚えていて、泣けてくるんです。マミオ伯爵(向田氏の愛猫の話)、中野のライオン(電車に乗っていたらライオンを見かけたという嘘のような本当の話)、オリンピック開催の日(父親と大喧嘩して家を出た話)とか。なんてうまいんだろうと。状況がパッと目に浮かんできて、まるで自分が見てきたかのように沁みてくる。登場人物の“シャツの男”も“ランニングの男”……として、ちょっと間違えて覚えちゃっているところもあるんですが、これって、よく考えると向田さんの作品は映像的だから、まるで見たかのように覚えているんですね。エッセイも小説も映像的です。

 向田さんはずっとドラマの脚本を書いてきた人なので、映像で語るんだと思います。私は、まったくその逆で、映像が浮かばないから、これでもかこれでもかと書き込んでしまう。それで削って、削っていくんです。だから自分の作品が映画やドラマになると、あー、すごい、この俳優さんしかいないわーと、こちらがびっくりしてしまうくらいです(笑)。自分が映像にできないものが映画やドラマになると嬉しくなります」

 角田氏が向田氏から学んだエッセイの基本は、“上から目線はだめ”だという。どんなに知っていることでも1段降りること。向田エッセイは、行間が共感されやすいのだと語る。

「向田さんは料理好きでも有名ですが、“ずぼらだから”というスタンスで書いている。日常の視点を上手に取り入れています。女性がひとりで生きていくことを楽しむ。これをエッセイにさらりと書いて、30代の女性が読むと、わ、すてきね、私もこんなふうに暮らせるかも、と思えてしまう。当時(昭和40~50年代)、女性がひとりで暮らしていくのは、いまよりもっと一般的ではないことだったでしょう。しかもテレビ局に出入りしている人だから、本当は庶民的な人ではなかったはずなのに、読み手に身近な存在だと思わせてしまう。感覚がすごく新しくて、いま読んでも普通に読めちゃう。日常で描くエッセイは女性のほうがうまいように思います。

 ちなみに男性のエッセイの名手といったら、山口瞳さん、現代なら伊集院静さんが私は好きです。男性作家の場合は、連綿と続いた“教える”というエッセイが多いですね。元手がかかっていることが多いですよね。

 それから向田作品では、家族が重要なテーマでした。家族の悲喜こもごもをユーモラスに描いていて、ドタバタから急に深くて普遍的なことに触れる。そのワザがすごいです。実に見事に発揮されています。『字のない葉書』も、向田家のとてもいいエピソードなんですが、淡々と書いているだけ。いい話だろうと読ませようとしていないし、泣かそうとして書いてもいないんです。戦争時代の、本当にあった日常を向田邦子流に切り取って書いたものだから、いまも残り、読まれている作品なのだと思います」

関連記事

トピックス

NHK中川安奈アナウンサー(本人のインスタグラムより)
《広島局に突如登場》“けしからんインスタ”の中川安奈アナ、写真投稿に異変 社員からは「どうしたの?」の声
NEWSポストセブン
カラオケ大会を開催した中条きよし・維新参院議員
中条きよし・維新参院議員 芸能活動引退のはずが「カラオケ大会」で“おひねり営業”の現場
NEWSポストセブン
コーチェラの出演を終え、「すごく刺激なりました。最高でした!」とコメントした平野
コーチェラ出演のNumber_i、現地音楽関係者は驚きの称賛で「世界進出は思ったより早く進む」の声 ロスの空港では大勢のファンに神対応も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
襲撃翌日には、大分で参院補選の応援演説に立った(時事通信フォト)
「犯人は黙秘」「動機は不明」の岸田首相襲撃テロから1年 各県警に「専門部署」新設、警備強化で「選挙演説のスキ」は埋められるのか
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
5月31日付でJTマーヴェラスから退部となった吉原知子監督(時事通信フォト)
《女子バレー元日本代表主将が電撃退部の真相》「Vリーグ優勝5回」の功労者が「監督クビ」の背景と今後の去就
NEWSポストセブン