「もともとは『刑事・夏目信人』シリーズの長編を書き下ろす約束で、一応脱稿もしていました。それを大幅に改稿しようとした矢先に、父が入院したのです。父は中軽井沢の自宅に1人住まいでしたので、関東にある自分の仕事場と向こうの病院の行き来で忙しくするうちに、次第に作品への熱が冷めてしまったんです。
そして父の死後しばらくして浮かんだのが、最愛の妻を失った元教師〈法輪二三久(ふみひさ)〉と翔太がそれぞれに抱く罪の意識とそこからの再生を描く物語です。まあ、物語の骨格が一気にできても、登場人物の設定や二三久の認知症といった要素の肉付けに、時間がかかってしまったのですが(苦笑)」
事件のあった平成21年は危険運転致死傷罪の成立前だが、飲酒運転は犯罪だと翔太も自覚はしていた。が、冷戦中の恋人〈綾香〉から〈すぐに会いに来てくれなければ別れる〉とメールがあったことや、その夜は両親が留守で車が使えたこと、そして助手席の愛猫に気を取られた次の瞬間に衝撃音と悲鳴を聞いたことなど、あくまでも自らの不運を呪う自己中心さが目に付くばかりだ。
「彼の弱さや狡さに読者が多少は感情移入できなければ主人公は務まりませんし、『自分も同じ立場だったらそう思うかも』と『何だよこいつ許せない』の両立が、加害者を描く上で最も難しかったかもしれません。
犯罪に限りませんが、自分の身勝手な行動が取り返しのつかない事態を生んだ時に、自ら罪を悔い、謝罪できるのがもちろん一番いい。ただ、怖くてなかなかそうはできないのも事実です。
外出自粛下で宴会に出かけ新型コロナに感染しても、自分の不注意のせいじゃなく運が悪いんだと思いたがる人は多いでしょうし、まして世間に散々叩かれた翔太が都合の良い考えに逃げたくなるのもわからなくはない。ただそうやって楽な方に流されて生きるのが本当にいいことなのか、僕自身が問いたい気持ちもありました」