文在寅大統領(右)と握手する金与正朝鮮労働党第1副部長(写真/朝鮮通信=時事通信フォト)
というのも、これまでの与正氏は、外交の場では金委員長の秘書的な役割を担うことが多く、妹として金委員長を支えているソフトなイメージが強かったからだ。特に2018年2月に開かれた平昌五輪の際、特使として韓国を訪問した彼女の“ほほえみ”は、それまでの北朝鮮のイメージをガラリと変えてみせた。
「開会式の主役をかっさらった」とまで言われた与正氏の“ほほえみ外交”に、文大統領は高揚感を露に終始ご満悦な表情を見せていた。だが、微笑んでいるはずの彼女の目は暗く、相手を見下すように顎を上げていた姿はあまり話題にならなかった。
微笑みの裏に隠された「底知れぬ冷たさと言い知れぬ不気味さ」というより、それは“だまし絵”のようだったと思う。1つの見方に注目するともう片方が見えなくなる「ルビンの壺」、「うさぎとアヒル」、「夫人と老婆」のような、きっと誰もが一度は目にしたことがある多義図形による「錯視」の効果だ。
与正氏は13日の談話で、「金委員長と党と国家から与えられた私の権限を行使して、対敵活動の関連部署に次の段階の行動を決行するよう指示した」と述べていた。これを受け文大統領は特使派遣を提案したが、与正氏は「分かりきった術数が伺われる不純な提案は許可しない」と拒否。談話発表からわずか3日後に予告は実行された。
与正氏の一連の言動に対する文大統領の無策ぶりを、メディアは「与正氏を見誤った」、「舐めていた」と報じた。錯視のように1面だけに注目しすぎて、彼女をソフトな人間だと、そこまでの政治力はないと錯覚していたのかもしれない。
今回の爆破の背景には、金委員長の健康不安説による後継者問題や、新型コロナウイルスの影響による北朝鮮の窮状、南北首脳会談での約束が反故にされた文政権への怒りや恨みがあるとされる。与正氏が強硬な姿勢を強めた今、以前撮られた笑顔の写真を見ても、そこから同じ“ほほえみ”はもう感じられない。