患者の心臓と肺の役割を果たすテルモの体外式膜型人工肺(ECMO、エクモ)(時事通信フォト)

患者の心臓と肺の役割を果たすテルモの体外式膜型人工肺(ECMO、エクモ)(時事通信フォト)

 このように、自身が医療従事者だからこそ、新型コロナウイルスにかかっては申し訳ない、情けない、という感覚を持つ人々もいる。感染者が増え続け、重症者の数もそれなりになってくると、当然病床も埋まる。医療従事者の自分がそこに入るわけにはいかない、という一種のプライドから自分の体調不良をないことにしようとしてしまうのだろう。だが、そんな気持ちが強く働きすぎてか、仕事をすることに向き合えなくなる、まるで適応障害のような状態に陥る人たちが続出しているという。

「あの頃は、全員おかしくなっていたのかもしれない。今だから話せるのですが……」

 都内で複数の院内感染者を出した病院に勤めていた元看護師・佐々木遥さん(仮名・20代)は、コロナ患者のための専門病棟に3月の終わりから配属された。当時の医療用物資不足は深刻で、マスク一枚を洗って使い、医療用ガウンも数が足りず、感染の危険にさらされながら働かねばならなかった。同僚には「死にたくない」と辞めていった看護師もいるほど、本当に逼迫していた。まさに、医療崩壊寸前の現場だった。

「プレッシャーからだとは思うのですが、仕事をしていてなんども吐き気を覚えたし、めまいが続きました。食事もあまり喉を通らず、自宅に帰れないホテル暮らし。自分も感染したかもしれないと上司に訴えましたが、『あなたが弱気でどうするの』とか『うつっていてもやって』と叱責されました。いつもなら冷静に判断する上司も含めて、全員が混乱していたんです。感染者が次々に出て、数名の患者さんは亡くなっていた最中でした。上司は後に責任を取るといって辞めてしまいました。でも、本当はすごく面倒見のいい上司で、普段は病棟のスタッフ安全に働けるよう采配できる人だったんです」(佐々木さん)

 4月末、厚生労働省は医師や看護師、介護職員などが新型コロナウイルスに感染した場合について、業務外で感染したことが明らかである場合を除き、原則として労災と認定する方針を出した。確かに制度の拡充は大事なことだが、いま現場で起きている混乱をおさめるには至っていない。新しいウイルスとどのように向き合って我々は生活してゆくべきなのか、医療や介護の仕事と直接、関わりがない人たちも巻き込んで訴え続ける段階にきているのではないか。

 8月1日には、1日の新規感染者数が全国で1500人に迫るなどし、感染者を累計した合計数も日本全体で4万人を超えた。一方で死亡率は、4月から5月頃にもっとも高い数値を記録して以降、深刻な数値を記録する気配はない。だが、感染者数が増えているという厳然たる事実が、次第に人々の精神を蝕んで行くことも想像に難くなく、一般人よりは「病が身近」で冷静に判断できるはずの医療現場でさえ、実際には凄まじい状態に追い込まれている。

 数日後、数週間後に、私たちが冷静さを保ちながらウイルスに対峙できているのか、不安だけが大きくなってゆくような感覚。それでも経済だけは回していかなければならぬという風潮との矛盾が、今度は人間同士の対立も生み出すに違いないだろう。希望が見えない日々の中で、どう善く生きるか、我々は試されている。

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