【著者に訊け】山本美希さん/『かしこくて勇気ある子ども』/リイド社/1800円
【本の内容】
初めての出産を心待ちにしている夫婦は、賢くて勇気ある子供に育ってほしいと期待をふくらませていた。しかし、臨月に入った頃、ある国で賢くて勇気ある子供が事件に遭ったことを知り、妻は混乱してしまう。この世の中で我が子に何を伝えればいいのか、夫婦は無事に出産を迎えられるのか。意外な展開に胸が熱くなる長編マンガ。
生まれてくる我が子にはどんな未来が待っているのか? 山本美希さんが妊娠、出産をテーマにマンガを描いたのは、周りの同世代に子供を持つ人が増える中、自身は子供がほしくないと思っていたからだ。
「いまの日本の女の子は電車で痴漢されたり、医学部の入試で減点されたりとひどい状況です。自分の経験でも、兄は東京の有名私立大学に行ったのに私は地元の公立でいいと言われたこともありました。もし女の子が生まれたら幸せに生きていけるのか、いつかひどい目に遭うのではないか。そう考えずにはいられませんでした」
子供を持つという選択の前で自分が立ち止まっていることを形にしようと作品を描き始めた。
妊娠した主人公の沙良は、女性の権利を主張したパキスタンのマララさんがバスで下校中に撃たれたことを知り、ショックを受ける。
「たまたま私がパキスタンに生まれていなくて、そのバスに乗っていなかっただけで、自分にも起きることのように思えたんです」
生まれてくる子供への期待で薔薇色だった未来は暗転し、沙良は子供を迎えることに不安を覚えるが、物語は意外な方向に展開して明るい未来を予感させる。やわらかいタッチの絵は色鉛筆によるもの。沙良の心の動きを色も使って表現している。
「いろいろなメーカーの色鉛筆を試して、油性で発色のいいものを使っています。マンガはページ数が多いから、乾きが速く耐久性があることも作業の上では大事なポイントなんです」
紙に描き、色鉛筆で塗って編集者に手渡しした。パソコンを使わない、アナログでのマンガ制作はいまではめずらしいという。描き終えた山本さんは、子供たちには困難を乗り越える力があると少し思えるようになっていた。
「普段はプライベートな話をしない人からも、自分の出産のときはこうだったと打ち明けるように感想をいただけることが多いんです。それぞれ自分のセンシティブなところに触れながら読んでくださったのかなという感じを受けています。ちょっとシリアスなテーマとか、普段はあまり見たくない難しいことを考えるきっかけになるといいなと思っています」
うなずきながら読み進み、最後は温かな気持ちに包まれる作品だ。
●取材・構成/仲宇佐ゆり
※女性セブン2020年9月3日号