弘兼憲史さんの「驚く力」
吉田:お、今のは感情が乗ってましたね(笑)。面白い漫画も、サプライズがずっと続いてくものじゃないですか。「え?」「え?」って思いながら、ページをめくる手が止まらなくなる。だから僕は驚きたくて漫画を読んでいるんですよ。逆に、驚きがない漫画は読まないです。よくいろいろなところで引用させて頂いているんですけど、「編集の仕事というのは話を作ることではなくて、次の話を確認させることだ」って言葉は、まさに佐渡島さんがおっしゃっていたことで。
佐渡島:本当にそうです。僕、漫画の作り方としてこれまで「1コマずつクイズがあるように」って言ってきたんですけど、「1コマずつ、『え?』って言わせるように」と表現したほうが、本質的なのかもしれませんね
『島耕作』シリーズの弘兼憲史さんのすごさというものを、『ドラゴン桜』の三田紀房さんが、うちの新人漫画家に教えてくれたことがあったんです。なかなか芽が出なかったある新人さんが、三田さんに相談をしたんです。そしたら三田さんが「弘兼憲史って漫画家はとにかくすごいんだ」というお話をされて。なんでも、弘兼さんと一緒に旅行をしていると、彼が何にでも驚いて、面白がっていると。「ちょっと見て見て!あの人のベルトちょっと変わっていませんか?」「あの人ってどんな人だと思う?」という感じで、何にでも驚くのが上手いと。新人の漫画家って、自意識が高まって何を見ても「大したことないね」って思ったりするかもしれないけれど、むしろ驚くのが上手い、面白がりのほうが実はいい漫画家なんだよ、って話をしてくれたんです。
吉田:驚くってことですけど、知識があったら驚かないかというと、むしろ逆なんですよね。知識があればあるほど驚けるって思っていまして。
佐渡島:それはよくわかります。山下和美さんの『天才柳沢教授の生活』って漫画がありますけど、あれも柳沢教授がとにかく驚くのがうまい。そして読者はその驚き方を面白がっている。同じ山下和美さんの『不思議な少年』もそういうお話ですよね。山下和美という漫画家は、日常に驚くことが上手い作家だって考えると、山下和美さんの才能がすごくわかりやすい。ネット漫画でも大ヒットしているのは、ホラーだったりサスペンスだったり「驚き」をコアにした作品なんですよね。だから、もしかしたら驚きだけに集中したほうがいいんだな。
ただ、僕の場合、驚くよりも、落ち着いて分析を伝えたくなっちゃうんですよ。子どもでも漫画家でも、相手が何かできたときに驚くんじゃなくて、「次はこれだね」って言っちゃうんですよ。「なら次、これやるといいよ」って。僕の中で描いているプランにそって「次はこれ」というのを言ってしまうんですよね。そうだ、それを変えたらいいんだ。
吉田:一度驚いてからだったら、それも全然いいと思いますよ。
佐渡島:そうですね。落ち着きがありながら驚くのがうまい人というのを、僕は目指せばいいのかも。
吉田:「目指す」とまで表現する必要はないと思うんです。驚くことって誰でも今、この瞬間からできますからね。
佐渡島:やっぱり「何でも知ってるほうが偉い、そして知ってることを伝えるのがコミュニケーションだ」と、潜在的に思い込んでいたのかもしれないですね。僕はこれから、人と会話するときにうまく驚けたかなっていう振り返りを毎回するようにします。
吉田:「え?」だけでいいんです。なぜ、そう断言できるのかと、僕もラジオアナウンサーになったばかりのころは、スタッフの言うことに驚かずに、意見をしてしまうタイプだったんです。でも、それをやると、本当にスタッフから愛されない、愛されない(笑)。だから、頭でっかちよりは、何にでも驚く馬鹿のほうが絶対愛されるんですよね。
あと“コミュ障あるある”と言えばいいんでしょうか、自分が詳しくない話題だと尻込みしてしまう、ということがあるんですよ。でも、「知らない」ということは実は最大のチャンスなんですよ。そこで、あえて自分の先入観や決めつけを話して、相手にその間違いを訂正してもらえばいいんです。間違ったことを訂正するときに人間は一番しゃべるので。
佐渡島:先入観や決めつけを話す。それは編集者として結構、意識してやっていますね。
「編集の仕事というのは、次の話を確認させることだ」ってことにも繋がる話ですけど、作家さんに「次週どうするんですか」って質問するんじゃなくて、「次週ってこんな感じですかね」って質問するんです。そこであえて定番の、ありきたりな展開を提案してみると、作家さんが「そんなつまらない展開にするわけない」ってアイデアを話しだしてくれるんです。
吉田さんの新著も拝読しましたが、どうやったら相手が話してくれるかに終始されていて。まさに吉田さんの会話への苦労が窺えますね。
吉田:これも情けない話ですけど、しゃべることが苦手なのにラジオアナウンサーになってしまったことで、一時期ひたすらコミュニケーション本を買って読み続けていたんです。でも、コミュニケーションが苦手な人が本当に欲していることが、どこにも書いてないんですよ。
佐渡島:え、そうなんですか。