九二年に坂東玉三郎が監督した映画『外科室』では吉永小百合の相手役を務めている。
「玉三郎さんは和製ヴィスコンティみたいな方で、とにかく『美しくなければならない』ということにこだわっておられました。それは言葉についてもです。たとえば『がぎぐげご』を全て鼻濁音で発声するとか、そういうことをたくさん教えてくださって、とても感謝しています。
ただ、その時の自分程度の俳優のレベルでは受け止めきれていませんでした。今聞いていたら、もっと吸収するものがあったと思います。
たとえば『おまえさんさ、もっと俳優として勉強しなければいけないことはいっぱいあるんだよ』と言われました。今なら歌舞伎を見る、古典を知る、そういったことの大事さは分かるわけです。でも当時は『やっていますよ、一生懸命』としか思えない。監督の歌舞伎を見せてもらっても『ああ、歌舞伎だな』としか思っていませんでした。
でも、ちゃんと勉強すれば自分の芝居やセリフ回し、所作のヒントになるはずなんです。『勉強しなさい』というのは、『やっている・やっていない』ということではなくて、『もっと勉強することがある』という意味なんだと今なら分かります」
【プロフィール】
かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
■撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2020年10月16・23日号