ライフ

【著者に訊け】小野寺史宜氏 創作の源はストイックな執筆生活から?

aa

『今夜』著者の小野寺史宜さん

【著者に訊け】小野寺史宜氏/『今夜』/新潮社/1550円

【本の内容】
 試合に負けたボクサー、借金を背負った女性タクシードライバー、仕事も夫婦関係もうまくいかない警察官、その妻の高校の国語教師。東京に住む4人の人生が交錯する夜を描く。それぞれが善と悪の狭間に身を置いて、悩み、すれ違い、濃密にかかわり、やがて次の夜がやってくる。生きていることがいとおしく感じられる、書き下ろし長編小説。

 *
 背筋がピンと伸び、ぜい肉はどこにも見当たらない。ボクサーか修行僧のような空気をまとった小野寺史宜さんは、夜が好きだという。「早く暮れてくれないかな」とよく思うそうだ。新作の『今夜』でも、夜の東京を舞台にした人間ドラマを書いた。

「夜が来るとホッとするんです。闇に包まれる感じがあって、自分と向き合えるからかな。街を歩くときも、夜の方が疲れもストレスもなく、どこまでも歩けるような気がしますね」

 この小説に書かれているのは時間的な夜だけではない。4人の登場人物の心の中にある、昼とは違う夜の面が現れる。小さなごまかしもあれば、暴力、不倫もあるが、夜だったら自分も境界線を越えてしまうかも、と思わせるような、リアルな感情の揺れが描かれる。

 もう1つ、小野寺さんが書きたかったのが東京の街だ。23区内のJRで最も東の小岩駅、西の西荻窪駅、南の蒲田駅、北の浮間舟渡駅の近くに、登場人物が住んだり勤務したりしていて、このエリア内で物語は進んでいく。

「東京は知らない人同士が出会っても違和感がない。人の密度は高いけど、互いに知りもしないという距離感がいいんです」

 小野寺さんの作品はリンクが張り巡らされているように、同じ人物、映画、お店などが他の小説にも登場する。それがファンの楽しみでもある。『今夜』に出てくる優菜は『タクジョ!』のタクシー会社の運転手だし、ボクサーの蓮児のその後は『食っちゃ寝て書いて』で明らかになる。小野寺さんの頭の中では世界は1つ。それが1作ごとにどんどん広がっていくのだ。

 こうして惜しげもなく制作過程を明かしてくれる小野寺さんからは、小説を書く喜びが伝わってくる。執筆は毎朝4時半から10時までと生活もストイックだ。

「なるべく疲れていないうちに書きたいんです。頭が少しでも曇るといいものは出てこないので」

 毎日1時間、買い物を兼ねて歩くのが気分転換になっている。

「モノを考えるのにちょうどいいんですよね。歩くと自然に思考に移れて集中できる。靴の底がすぐ減っちゃって、幼児の靴みたいにキュッキュと音がする。ぼくが住んでいる千葉では、すれ違う人に聞こえちゃうんですけど、東京だと街の音があるから聞こえないんです」

【プロフィール】
小野寺史宜(おのでら・ふみのり)/1968年、千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」でオール讀物新人賞を受賞。2008年にポプラ社小説大賞優秀賞を受賞した『ROCKER』で単行本デビュー。2019年に『ひと』が本屋大賞第2位にランクインし、ベストセラーに。ほかの著書に『リカバリー』『ひりつく夜の音』『夜の側に立つ』『タクジョ!』『食っちゃ寝て書いて』『今日も町の隅で』など。朝4時起床。午後は昼寝をしてから午前中に書いた原稿を推敲する。作品はほとんどが書き下ろしだという。

取材・構成/仲宇佐ゆり 撮影/政川慎治

※女性セブン2021年1月28日号

関連記事

トピックス

大谷と真美子さんを支える「絶対的味方」の存在とは
《ハワイ別荘・泥沼訴訟を深堀り》大谷翔平が真美子さんと娘をめぐって“許せなかった一線”…原告の日本人女性は「(大谷サイドが)不法に妨害した」と主張
NEWSポストセブン
須藤被告(左)と野崎さん(右)
《紀州のドン・ファンの遺言書》元妻が「約6億5000万円ゲット」の可能性…「ゴム手袋をつけて初夜」法廷で主張されていた野崎さんとの“異様な関係性”
NEWSポストセブン
神田正輝の卒業までに中丸の復帰は間に合うのか(右・Instagramより)
《神田正輝の番組卒業から1年》中丸雄一、『旅サラダ』降板発表前に見せた“不義理”に現場スタッフがおぼえた違和感
NEWSポストセブン
イギリス出身のボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
「タダで行為できます」騒動の金髪美女インフルエンサー(26)の“過激バスツアー”に批判殺到 大学フェミニスト協会は「企画に参加し、支持する全員に反対」
NEWSポストセブン
主人公・のぶ(今井美桜)の幼馴染・小川うさ子役を演じた志田彩良(写真提供/NHK)
【『あんぱん』秘話インタビュー】のぶの親友うさ子を演じた志田彩良が明かすヒロインオーディション「落ちた悔しさから泣いたのは初めて」
週刊ポスト
寮内の暴力事案は裁判沙汰に
《いまだ続く広陵野球部の暴力問題》加害生徒が被害生徒の保護者を名誉毀損で訴えた背景 同校は「対岸の火事」のような反応
週刊ポスト
どんな役柄でも見事に演じきることで定評がある芳根京子(2020年、映画『記憶屋』のイベント)
《ヘソ出し白Tで颯爽と》女優・芳根京子、乃木坂46のライブをお忍び鑑賞 ファンを虜にした「ライブ中の一幕」
NEWSポストセブン
俳優の松田翔太、妻でモデルの秋元梢(右/時事通信フォト)
《松田龍平、翔太兄弟夫婦がタイでバカンス目撃撮》秋元梢が甥っ子を優しく見守り…ファミリーが交流した「初のフォーショット」
NEWSポストセブン
佳子さまを撮影した動画がXで話題になっている(時事通信フォト)
《即完売》佳子さま、着用した2750円イヤリングのメーカーが当日の「トータルコーディネート」に感激
NEWSポストセブン
国連大学50周年記念式典に出席された天皇皇后両陛下(2025年9月18日、撮影/JMPA)
《国連大学50周年記念式典》皇后雅子さまが見せられたマスタードイエローの“サステナブルファッション” 沖縄ご訪問や園遊会でお召しの一着をお選びに 
NEWSポストセブン
林家ペーさんと林家パー子さんの自宅で火災が起きていることがわかった
《部屋はエアコンなしで扇風機が5台》「仏壇のろうそくに火をつけようとして燃え広がった」林家ぺー&パー子夫妻が火災が起きた自宅で“質素な暮らし”
NEWSポストセブン
1年ほど前に、会社役員を務める元夫と離婚していたことを明かした
《ロックシンガー・相川七瀬 年上夫との離婚明かす》個人事務所役員の年上夫との別居生活1年「家族でいるために」昨夏に自ら離婚届を提出
NEWSポストセブン