昨年の緊急事態宣言のとき、真理子さんは近所のテイクアウトを何度か利用したが、正弘さんは口に合わないといってほとんど食べなかったという。「私の作る料理が世界で一番おいしいと言ってくれる人なので、私が作ってあげなくちゃと思ってしまうんですよね」
料理がイヤなのか、夫がイヤなのか、わからない
もう一つ、真理子さんが手料理にこだわる理由を教えてくれた。
「夫は倹約家で、無駄なお金は使いたくないタイプ。私が手料理に使うお金については寛大なのですが、そうでない無駄な出費を嫌うんです。極端に言えば、星付きレストランには行くけれど、あとは自宅でいいよね、という感じ。私たちは将来、都内に家が欲しいという目標があるので、倹約は二人の共通目標でもあるのですが」
緊急事態宣言の期間とされる2月7日までの我慢であれば、あと少し、頑張れると真理子さんは言う。医療従事者の方々の奮闘を思えば、自分の苦労など、足元にも及ばない。だがもっと続いたら、自分は持つだろうか。夜、ベッドの隣で横たわる夫を見ると、「どうして私ばかり」という思いが募るという。
「作るのも大変だけど、献立を考えるのも、苦痛になってきました。考えたら、老後って、こういう生活が続くんですよね。そう考えると、私が料理を作り続けなければいけない夫婦関係ってなんだろうって思うようになって。次第に、料理がイヤなのか、夫がイヤなのか、ちょっとわからなくなってきたんです……」
愛する夫のために作る料理が、夫を憎悪するきっかけになったとしたら、本末転倒ではないか。「食事」は毎日のことだけに、そこには様々な欲望が詰まっていて、家族をつなぐかすがいにもなる一方で、亀裂にもなり得ると、真理子さんの話は教えてくれる。
(名前はすべて仮名です)