自宅上空を飛ぶヘリコプターを見上げて「あれは僕のことを見張りに来てたんだぞ」と言い始めた。改ざんに反対したが無理矢理させられた負い目からか、捜査で追及されるという恐怖心が強まっていた。職場を辞めたいという発言も増える。
〈としくんはもー仕事やめるという。それはしかたないよね〉(5月20日)
〈としくん仕事やめるってよ 暗~い〉(7月1日)
〈としくんおかしくなりました ねむれないし、もう駄目だー〉(7月19日)
この翌日から俊夫さんは仕事を休み、二度と職場に戻れなかった。
〈としくんも休んで1月と10日程たつ 毎日かっとうしている〉(8月31日)
〈昨日帰りにラーメンにいく 久しぶり〉(10月14日)
これが夫婦での最後の外食となった。
財務省が隠す「赤木ファイル」
俊夫さんの病状は急速に悪化し、雅子さんもメモを書く心の余裕がなくなる。3か月以上の空白の後、翌年3月7日朝の記述。夫を失った日だ。
〈ずいぶん暖かくなってきました としくんは音問題で夜もねむれず、イライラして頭おかしくなっていたけど、昨日〇〇さんにそんな事実がないことをきいてきたから少しおちついたようだ〉
自宅の騒音で近所から苦情を受けている、と妄想が現われていた。そんな事実はないとマンション管理人の言葉を伝えると落ち着きを取り戻したように見えたので、雅子さんは出勤した。だが帰宅すると俊夫さんは窓の手すりにコードをかけ息絶えていた。メモはこの日で終わっている。
雅子さんは裁判で真相を明らかにするため、夫が改ざんの経緯を職場で書き残した通称「赤木ファイル」の提出を求めている。しかし財務省は、ファイルがあるともないとも言わない態度を取り続けている。裁判でも国会でも、いつも「お答えを差し控える」。歪んだ言葉を繰り返す。
メモ帳を読み返すと、つらい気持ちが甦る。財務省という組織が変わらない限り、それは変わらない。
「『職場はこんな立派に間違いを認めて、何があったかすべて明らかになったよ』って、としくんに伝えられるような、そんな誠意ある対応をしてほしい」(雅子さん)
それが、3月7日に夫の命日を迎える雅子さんの願いだ。
※週刊ポスト2021年3月12日