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ミャンマーのクーデターで得する「中国」という“嫌われる存在”

ミャンマーのクーデターは世界が見守る

ミャンマーのクーデターは世界が見守る

 軍事クーデターから1か月。ミャンマーでは抗議デモが続き、軍が銃撃するなどして多数の死傷者が出ている。混乱が深まる中、欧米による制裁などのリスクが浮上し、外資がミャンマーに投資しにくい状況が生まれつつある。それに喜んでいるのが中国だ。

『池上彰の世界の見方 東南アジア』の著書があるジャーナリストの池上彰氏がミャンマー情勢を解説する。

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 今年2月1日、ミャンマー軍がクーデターを起こしたニュースは世界に大きな衝撃を与えました。ノーベル平和賞を受賞したこともあるアウンサンスーチー国家顧問を含む政権幹部を拘束したというのですから当然でしょう。

 ミャンマーでは2015年に軍事独裁政権が幕を下ろし、民主的な国家となったと思われていました。それなのになぜ、軍によるクーデターが起きたのか、その理由を考えてみましょう。

 実はミャンマーは民主的な国家となったとは言っても、その民主化は形ばかりのものでした。ミャンマーは二院制ですが、両院ともに定員の4分の1の議席は国軍最高司令官が指名する軍人議員に割り当てられることが憲法で決まっているのです。この規定は民主化する以前に決まっていました。

 残りの4分の3の議席が小選挙区から選ばれるわけですが、軍の利益を代表する政党があり、この政党がある程度の議席を確保すると、軍と対立する民主主義的な政党は残りの4分の3を取ることはできません。最初からそのような仕掛けがあったわけです。

 これまで政権を担ってきた政党NLD(国民民主同盟)のトップはアウンサンスーチーさんですが、彼女の肩書は国家最高顧問兼外務大臣です。国家元首たる大統領ではありません。実は、軍事政権の時に、憲法を改正していたのです。どういう改正か。親族が外国人の者は大統領になれないという改正です。スーチーさんの夫(故人)はイギリス人でした。二人の息子もイギリス国籍です。つまり、彼女を大統領にさせないようにしていたわけです。その憲法は、いまだに改正できず、スーチーさんは大統領になれないままだったのです。

 このように軍に有利な規定が憲法にあったにもかかわらず、なぜクーデターが起きたのでしょう。

 実は昨年11月の選挙で、選挙で決まる議席の約8割をNLDが獲得しました。これにより全議席の過半数をNLDが占めることになります。そうなると、軍が保持したい利益や権力が維持できなくなる可能性がある。そういう危機感から、軍は「11月の選挙で不正があった」と言い続けました。そして、議会が開かれる当日に軍がクーデターを起こしたわけです。議会が何かを決めることができないようにするために起こしたと言えます。

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