麦と絹を演じる菅田と有村の共演は、2016年公開の『何者』以来5年ぶりのこと。同作は群像劇だったこともあり、2人がガッツリ芝居で絡むのは今作が初めてだ。それにもかかわらず多くの共感の声を集めるほどに2人がリアルなカップル像を体現できているのは、“半径5メートル以内の物語”を描いた坂元による、菅田と有村への“当て書き”の力が大きいだろう。
当て書きとは、脚本の執筆者がそれぞれの役を誰が演じるのか想定した上で、各キャラクターの設定やセリフを書くというもの。つまり本作の物語は、麦役には菅田将暉を、絹役には有村架純を想定して書かれたものなのだ。リトルモアから出版されている本作のシナリオのあとがきによると、2017年に坂元自身が2人を指名し、そこからこのラブストーリーが生まれていったらしい。
しかし、当て書きだからといって、それだけで大きな共感を呼ぶようなリアルな芝居ができるわけではもちろんない。菅田と有村の俳優としての経験値があってこそのものだ。時代劇やマンガの実写化作品に至るまで多種多様な作品に参加し、現実離れしたキャラクターも数多く演じてきた2人だが、その一方で、“普通さ”が求められる一般な人々も演じてきた。菅田の近作で言えば、『生きてるだけで、愛。』(2018年)や『浅田家!』(2020年)で演じた青年役が印象に残っている。特に後者で演じた、震災後の東北で写真の洗浄をする若者役は、完全に“その土地の者”のようで、「菅田将暉だと気付かなかった」という観客の声もあったほど。有村もまた、菅田と近いキャリアの重ね方をしている俳優だと思う。
土井監督は2人の魅力について「彼らは若手俳優の中でもトップランカーですよね。それでいて、誰ものごく身近なところにいそうな気がする。観客がそういう感覚を持ち続けられているということが、いまの時代のある種のスターなのだと思います。彼らが表現したものが、その時代を体現しているのかなと」と語っている。この2人が作り上げる“どこにでもいそうなカップル像”がリアリティを生み出し、多くの共感を呼んでいるのだろう。
また本作には、劇中に描かれる時代を象徴するさまざまなカルチャーの固有名詞が登場する。それは例えば、「今村夏子」や「SMAP」、「きのこ帝国」などだ。いずれも、麦や絹と近い世代の人々の多くが触れてきたものだろう。これらが飛び交うことが物語に強固なリアリティを与え、観る者に「自分の映画だ」と思わせる所以でもある。これらに自然と溶け込む菅田と有村の姿が、観る者に強い共感を与え、本作のヒットにつながったのだろう。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。