きっかけ自体は本当に些細なこと
「作家ってヘンですよね。基本は虚構を書いていて、虚構にしか書けない真実もあると信じているんだけど、真実って何? 事実とどう違うの? とか、普通なら意識しないことを日頃から意識して生きている(苦笑)。
例えば映画を観ていても、物語と観る側、観せる側の関係性に無意識ではいられないし、〈作り事につきあうことなど時間の無駄〉だと言う人も最近は多い以上、特にリアルについては考えないわけにはいかなくて」
作家のパートにこうある。〈彼らは、それほどまでに、本や映画に向かう理由を欲しているのだ〉〈本や映画に一定の時間を割くのは、それだけ孤独を強いられるということでもある〉〈「リアル」な繋がりから、ほんの数時間だけでも離れたことを後悔するような失敗だけはしたくないのだ〉と。
「私も事実ベースと聞くとつい観ちゃうんですけどね (笑い)。今公開中の『私は確信する』なんて凄く面白かったし、小説でも作中に紹介したミネット・ウォルターズ『養鶏場の殺人』とか、名作には事欠かない。
ただ仮に〈リアルが偉い〉としたら、なぜ偉いのかを考えたいし、小説が映画や舞台になり、具体的な〈顔〉を伴う時の奇妙な感覚とか、私自身がフィクションについて考えたことを、フィクションだからこそ、正直に書けた部分もあります」
懸案の死の真相に関しても、恩田氏はあまり劇的とは言い難い結末を用意し、むしろその結末に至るまでのとりとめのない思考と、結末の呆気なさとの落差に、リアリティを宿すかのよう。
「私ももう少し劇的な話になるかと思ったんですけど、人は結構あっさり死んだりしますからね。一つ一つは小さな何かが降り積もり、最後の藁が一本載った瞬間に崩れてしまうとか、きっかけ自体は本当に些細なことなんじゃないかって思うようになって」
なぜその記事が刺さったのかも、「結局、わからずじまいです」と笑うが、3つの時間のあわいに何かが確実に積もるのを感じる、まさに『灰の劇場』である。
【プロフィール】
恩田陸(おんだ・りく)/1964年生まれ、仙台市出身。早稲田大学教育学部卒。1992年に第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞、2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞、2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞、2017年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞と第14回本屋大賞を史上初のW受賞。映像化・舞台化も多数。文藝別冊『恩田陸 白の劇場』も必見。159cm、A型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2021年4月2日号