機能価値訴求を捨てた「大人エレベーター」
──「黒ラベル」といえば、テレビCMの「大人エレベーター」シリーズが思い浮かびます。ビールのCMは有名俳優などを起用して「美味い!」とか「キレがある」といった言葉を連呼するような直接的な訴求が多い中、「大人エレベーター」は、妻夫木聡さんがビールの話題とは関係なく各界の著名人と語り合う異色のCMです。どんな狙いがあるのですか?
野瀬:「大人エレベーター」のCMを展開し始めた2010年当時、私はブランド戦略部の企画グループにいましたが、ビールを売るには機能価値が必須で、味をお客様に訴求しない限り商品は売れないというのがセオリーでした。
たとえば「スーパードライ」なら辛口とキレ、キリンビールさんの「一番搾り」なら一番麦汁の美味さ。では「黒ラベル」はどうかと言えば、そこがうまく説明できないブランドになっていることが最大の課題で、社内の共通認識でもあったわけです。
そこで、「黒ラベル」の機能価値について、多くのコピーライターやマーケッターを動員して議論してもらったのですが、「スーパードライ」や「一番搾り」の機能価値を超えるようなワードは、どうやっても出てきませんでした。
逆に言えば、そうしたコピーライティングの同質化競争から脱却しない限り、「黒ラベル」の新しいブランディングはできないと考えるに至ったのです。要はキレとかコク、あるいはまろやかさやスッキリ感とか、そんな形容詞からは一度離れてみようじゃないかと。
「大人エレベーター」CMでメインキャラクターを務める俳優の妻夫木聡(写真提供/サッポロビール)
──すいぶんと思い切った発想の転換ですね。
野瀬:機能価値と同時に大事なのは情緒価値です。即効性があって伝わりやすい機能価値に比べ、情緒価値がお客様に浸透していくには時間がかかります。
よく、若い人は「あのビールの独特な苦味がちょっと…」というじゃないですか。でも、ビールって年齢を重ねていくと美味いなと思う人が増えていくものなんです。そこで、「黒ラベル」の味の良さを理解してくれる人は大人だよねと考えたことが1つ。
もう1つのヒントは、普段、われわれの商品を売っていただいているスーパーやコンビニ、飲食店の皆さんにヒアリングすると、「確かに店頭で、より売れているのは他社のビールかもしれないが、自分は家では『黒ラベル』を飲んでるよ」と言ってくださる方が本当に多かったんです。要は、お酒の販売のプロの人たちは「黒ラベル」認めてくださっているんだなと。
その結果、「大人」と「プロ」の掛け合わせである「大人エレベーター」のCMが生まれることとなりました。ご存じのように、「大人エレベーター」のCMでは一言もビールのことは語っていません。それまで、「美味い」とか「挑戦」といったコピーを使うことがブランディングだと信じ切っていた中で、違うアプローチに舵を切ったのです。