後で確認したら、ぼくが開発にかかわった大王製紙のアテントというおむつだった。以前、このおむつをはいてスキーをし、そこにオシッコをするという実験もやった。だから、おむつの機能は体験済である。けれど、ウンコまでは実験していない。
排泄は生きている証拠。だから、大便も、小便も、出ることはいいことだ。しかし、プライドも生きることを支えている。ウンコの壁は、まだまだぼくにとって高かった。
『ドン・キホーテ』を書いたセルバンテスはこんなことを言っている。「裸で私はこの世に来た。裸で私はこの世から出て行かねばならないのだ」
いつか、裸でこの世を退場する日が来ることは覚悟している。覚悟しているが、同時に、バルーンカテーテルやおむつに悩まされている自分にふと、笑えてきた。
人生という旅をゆっくりと楽しむ
退院して1週間後、以前から予定が入っていた山形での講演も無事に終えることができた。オンラインでラジオに出演したり、取材を受けたり、少しずつ日常が戻って来ている。
帝政ローマの哲学者ルキウス・セネカは「人の一生は死への旅に過ぎない」と言っている。今はその旅をできるだけ楽しく、ゆっくりと歩んでいきたい。退院早々、来シーズンのため、ニューモデルのスキー板を予約したのは、その決意でもある。
【プロフィール】
鎌田實(かまた・みのる)/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。
※週刊ポスト2021年7月30日・8月6日号