前に出続けるボクシングを貫いた

前に出続けるボクシングを貫いた

 井上とは4度対戦し、すべて敗北を喫した。だが、「一度も負けたと思ったことはない」と田中は口にした。強がりには決して聞こえなかった。
 
「僕はずっと井上選手を意識して練習していました。途中で階級を変えても良かったんですけど、『井上選手に勝ちたい』という気持ちが強くなってきちゃった。当時から突き抜けたボクサーだったと思いますよ。ただ、4回やって、4回負けても、次は勝てると思っていました。結局、井上選手がいたから高校チャンピオンになれず、彼はプロにいっちゃった。別に僕が逃げたわけじゃないし、彼がいなくなっただけなので、彼に勝ちたいと思うことはなくなりました(笑)」

 なんとも無骨で、天の邪鬼な男だ。弟と井上は、プロのリングという目映いスポットライトを浴びるリングで、世界王者となった。彼らとは違う道で、違う戦い方で、世界のトップを目指す。そんなストーリーを思い描いて田中に質問すると、拍子抜けする答えが返ってくる。

「僕が五輪を目指すことに、弟や井上選手の影響はないですね、僕がプロになりたいという気持ちに傾いていたら間違いなくなっていた。僕は五輪に出場するという目標を立てた。2016年のリオは達成できなくて、東京はかなえることができた。東京五輪が終わったら、プロになってボクシングを続けたいと思うかもしれないし、メダルが獲れなかったらもう一度、パリを目指すとなるかもしれない。もしかしたらやめたいと思うかもしれない。それは今の自分にはわからないことです」

 前に出続けるボクシングを貫くとは、この時も語っていた。

「一発当てて、一発で倒してKO勝利。でもそんなに甘くはないと思う。とにかく、攻撃的なスタイルで戦いたい」

 東京五輪のリングで、田中はそれを有言実行した。その結果、「メダルには興味がない」と話していた田中の手元には今、銅メダルがある。

「せっかくメダルを獲ったんで、メディアとかテレビとか出たいです(笑)。YouTubeでも何でもいいっす」

 弟や井上に比べれば日蔭を歩いてきたかもしれない。だが、五輪という舞台でふたりに勝るとも劣らない光を浴びた。

取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)

写真/代表撮影:雑誌協会

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