会話によるコミュニケーションも重要となる
在宅医療に向く患者と向かない患者
「自宅の良さは、自分の好きなように過ごせることでしょう。好きな時間に起きて、好きなものを食べる。テレビの音量も気にしなくていい。病院や施設は集団生活ですから、そうはいきません。
独居の高齢者で、しかも寝たきりの人に在宅医療は無理、と一般の人は思うかもしれませんが、私のような医師の訪問診療や、訪問看護、ヘルパー、そしてケアマネジャーなどが連携して支えることで、最期まで自宅で過ごすことも可能です」(宮本医師)
自力で歩くことができないなど不自由な体であっても、女性は終始とても穏やかな表情をしていた。ゆったりとした時間が流れる自宅での生活が、心にも良い影響を与えるのだろうか。
ただし、在宅医療という選択が、誰にとっても正解というわけではないと宮本医師はいう。それは一体、どういうことなのか?
「私が各患者の自宅を訪問するのは、基本的に月2回。その他、看護師の訪問看護やヘルパーなどが入りますが、全体でみると医療者や介護者がいない“空白の時間”が大半を占めます。それが気楽でいいとか、一人でも寂しくない人でなければ、独居での在宅医療は続けられません。
家族がいても“空白の時間”に病院と同じレベルの看護は受けられるわけではありませんので、それが不安と感じる人は、病院や施設を選択した方がご本人にとっていいと思います」(宮本医師)
宮本医師が担当する独居の高齢患者の中に、毎回の食事をとても楽しみにしている人がいる。ただし、全体の身体機能が低下して「老衰」の状態。病院や施設では、誤嚥のリスク回避のために一般的な食事から、経管栄養(流動食をチューブで胃や腸に直接投与する方法)に切り替えるケースだ。
それでも、患者が一般的な食事を継続することを望んでいたため、宮本医師は親族とも話し合って、患者の意向を尊重した。
そしてある日、懸念していたことが起きた。患者が食事中に誤嚥して肺炎を発症したのである。年齢的にも命を失う可能性がある状況なので、一般的には、病院に救急搬送を依頼するところだ。
しかし、この患者は以前から何かあっても救急車で病院に行きたくないと言っていた。
連絡を受けた宮本医師は、患者の自宅に駆けつけて救命措置を行った。元々、呼吸器内科医だった宮本医師には、誤嚥性肺炎に対応できる知識と経験が備わっていたのである。結果として救急車は呼ばず、患者は自宅で宮本医師の治療で、現在は普通の食事ができるまでに回復した。
「高齢者の誤嚥性肺炎は死亡リスクもあるので、難しい判断です。それでも、食事をしたいという患者ご本人のお気持ちを尊重すべきと考えました。食事は患者にとって数少ない楽しみであり、生きる張り合いになっていたからです」(宮本医師)
このケースは「命をとるか、食事の楽しみをとるか」という、単純な二者択一ではない。
何を優先するかは、価値観や人生観に関わる個人的な問題であり、患者本人の意思を尊重するのが、在宅医療の基本なのだという。正解は、患者それぞれによって違う。