「中国は嫌いだし悔しいけど、金出さない日本が悪いんですよ。それは知ってるでしょう」
氏の声色が変わって少し強くなる。そのとおりで私も知っている。ゲームやドラマCDなら若手だろうと人気実力相応のギャラを出せるが、アニメとなると決められた額しか払えない。そもそも払いたくても現場に金は来ない。アニメに限らず日本中、もう何十年も現場に金が降ってこない。知らない誰かが知らないうちに抜いた残りの金しか降って来ない、これはエンタメに限らず日本のIT、建設、運輸、製造、派遣に従事する者すべてが実感していることだろう。
先のルポ含め、本稿は忌々しい中国礼賛などではなく警告である。アフターコロナの中国はさらに本気を出してくる。軍事力を背景にした米中の衝突も気がかりだが、各々の一個人にもチャイナパワーは身近な危機である。アニメーターやイラストレーターはいい、原稿料が高いならしたたかに請ければいいだろう。声優もしかりだ。相応のギャラをくれる限りは、これまたしたたかに声の職人としてお仕事に邁進すればいい。
ただし中国人は払いたい相手には払うが、価値のない相手には容赦ない極端な優勝劣敗気質だ。若手女優のギャラが1本10億を超える陰で何の取り柄もない一般市民は虫けら同然というディストピアが中国だ。中国企業と多くの企業や個人がつき合うのは商売としてありだが、労働者としての雇用契約なら賛成しない。労働者となると一部を除けば中国人の給料は安い。それでもいずれ、一般サラリーマンもそんな中国資本に会社ごと飲み込まれるかもしれない。それどころか日本人の人買いによって中抜き後の「安い日本人」として売り飛ばされるかもしれない。かつての「安い中国人」が逆転し始めている。日本政府はチャイナリスクから民間を守ろうとしていない。むしろ裏で媚中迎合しているのではとアメリカ始め同盟国から不審がられる始末だ。
30年間平均所得が変わらず、中抜きという泥棒を産業全体にのさばらせたのは日本の為政者とその尻尾どもである。特殊な話でもなんでもない。ジャパニメーションの危機は、そっくりそのまま日本人の身近な危機であり、その端緒である。文化もまた戦争なのだ。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。かつて1990年代から月刊「コンプティーク」を始め多くのアニメ誌、ゲーム誌や作品制作に携わった経験を持つ。近年は文芸、ノンフィクションを中心に執筆。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。著書『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)他。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。