失われた平等を求めて

 現代社会においては、グローバルエリートとなった者と失業者となった者との間には、すさまじい格差が広がっており、もはや同じフィールドでゲームを戦っているとはいいがたい。しかし、幼少の頃はちがったはずだ。子供時代の遊びでは、金持ちの子供が貧乏人の子供に勝つとは限らない。勝つべきものが勝ち、負けるべきものが負ける、という平等(公平さ)がそこにはあった。『イカゲーム』の子供の遊びは、失われた平等(公平さ)を取り戻すための劇薬であるというのは、確かになるほどと思える。

 平等(公平さ)への渇望は、主人公の状況にも反映されている。主人公の人生が進退極まったのは、会社からリストラされたことが発端だ。本作品の中盤、リストラを告げられた主人公が自動車工場にバリケードを築いて戦った過去が描かれる。このエピソードは、製造業が空洞化している韓国社会の断片であるとともに、主人公が会社の決定を不当だと思い、公正さを求めて戦ったが敗れたということでもあり、本作のテーマを浮き彫りにするものだ。

 そして借金まみれになった主人公はギャンブル中毒になる。ギャンブルには個人の属性は関係ない。ギャンブルでものを言うのは、生まれや育ちではなく、その場かぎりの運だ。ギャンブルは、属性をはぎ取って、人間を丸裸にすることで平等や公平を復活させてくれるのだ。つまり公平さを求める者の敗者復活戦だ、と言えなくもない。そして、ギャンブルで稼いだなけなしの金も失った主人公は、起死回生の策としてこの狂気のゲームに参加するのである。また、主人公たちが離島で参加するゲームも、ほとんどが運に左右されるもので、ギャンブルに近い。ギャンブルでないとどうにもならない社会に生きているのである。

 韓国は、先進諸国の中でも特に格差が甚だしい国として挙がることが多い。アカデミー賞作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)もそのような社会的状況から生まれた作品だ(映画で見られたような、低所得者用の半地下の部屋は実在する)。そして『韓国社会の現在 超少子化、貧困、孤立化、デジタル化』(春木育美著 中公新書)によると、現実は映画よりも厳しい。

 また、このような新自由主義がもたらした社会問題は韓国にとどまらず、先進諸国をじわじわと蝕んでいる。ならば、現状を打破するには、『イカゲーム』のような起爆剤を仕掛けるしかないという空気が国境を越えて蔓延することも不思議ではない。『イカゲーム』は、一見すると荒唐無稽なギミック満載の作品のように見えながらも、韓国現代社会の、ひいては先進諸国の公平さについて鋭く問う作品であると言える。このような【2】社会の層の分厚さが、各国で共感を呼んだと理解するのはさほど的外れではないだろう。

  

関連キーワード

関連記事

トピックス

防犯カメラが捉えた緊迫の一幕とは──
「服のはだけた女性がビクビクと痙攣して…」防犯カメラが捉えた“両手ナイフ男”の逮捕劇と、〈浜松一飲めるガールズバー〉から失われた日常【浜松市ガールズバー店員刺殺】
NEWSポストセブン
第一子となる長女が誕生した大谷翔平と真美子さん
《左耳に2つのピアスが》地元メディアが「真美子さん」のディープフェイク映像を公開、大谷は「妻の露出に気を使う」スタンス…関係者は「驚きました」
NEWSポストセブン
竹内朋香さん(27)と伊藤凛さん(26)は、ものの数分間のうちに刺殺されたとされている(飲食店紹介サイトより。現在は削除済み)
「ギャー!!と悲鳴が…」「血のついた黒い服の切れ端がたくさん…」常連客の山下市郎容疑者が“ククリナイフ”で深夜のバーを襲撃《浜松市ガールズバー店員刺殺》
NEWSポストセブン
和久井学被告と、当時25歳だった元キャバクラ店経営者の女性・Aさん
【新宿タワマン殺人・初公判】「オフ会でBBQ、2人でお台場デートにも…」和久井学被告の弁護人が主張した25歳被害女性の「振る舞い」
NEWSポストセブン
遠野なぎこ(Instagramより)
《愛するネコは無事発見》遠野なぎこが明かしていた「冷房嫌い」 夏でもヒートテックで「眠っている間に脱水症状」も 【遺体の身元確認中】
NEWSポストセブン
大谷翔平がこだわる回転効率とは何か(時事通信フォト)
《メジャー自己最速164キロ記録》大谷翔平が重視する“回転効率”とは何か? 今永昇太や佐々木朗希とも違う“打ちにくい球”の正体 肩やヒジへの負担を懸念する声も
週刊ポスト
『凡夫 寺島知裕。「BUBKA」を作った男』(清談社Publico)を執筆した作家・樋口毅宏氏
「元部下として本にした。それ自体が罪滅ぼしなんです」…雑誌『BUBKA』を生み出した男の「モラハラ・セクハラ」まみれの“負の爪痕”
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問されている秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
「佳子さまは大学院で学位取得」とブラジル大手通信社が“学歴デマ報道”  宮内庁は「全報道への対応は困難。訂正は求めていません」と回答
NEWSポストセブン
米田
「元祖二刀流」の米田哲也氏が大谷翔平の打撃を「乗っているよな」と評す 缶チューハイ万引き逮捕後初告白で「巨人に移籍していれば投手本塁打数は歴代1位だった」と語る
NEWSポストセブン
花田優一が語った福田典子アナへの“熱い愛”
《福田典子アナへの“熱い愛”を直撃》花田優一が語った新恋人との生活と再婚の可能性「お互いのリズムで足並みを揃えながら、寄り添って進んでいこうと思います」
週刊ポスト
生成AIを用いた佳子さまの動画が拡散されている(時事通信フォト)
「佳子さまの水着姿」「佳子さまダンス」…拡散する生成AI“ディープフェイク”に宮内庁は「必要に応じて警察庁を始めとする関係省庁等と対応を行う」
NEWSポストセブン
まだ重要な問題が残されている(中居正広氏/時事通信フォト)
中居正広氏と被害女性Aさんの“事案後のメール”に「フジ幹部B氏」が繰り返し登場する動かぬ証拠 「業務の延長線上」だったのか、残された最後の問題
週刊ポスト